転機

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転機

 大戦は、中央勢力と地方との戦いであった。傭兵たちの力により中央が制圧し、その勢力に加担したジュンやニゲラを含むライエ達もまた、勝利の美酒を手にした。 「山犬の非人がえらく活躍したそうじゃないか。一目見たいと王子が仰せだ」  加えて、ライエはなんと貴族に招待を受けたのだ。その王子もまた戦で司令塔としてお飾りながら参加し、近くの別荘で遊説している。 「なんでも、遠くの島の王妃に是非自身の武功を見て欲しいから遠征したそうで」  ライエがティアの代わりになった新しい側近の言葉に、鼻で笑う。 「はっ。なにが武功か。女を落とすのに家来を使うなんざ恥知らずめ。女は自分で奪うものよ。なあ」  戦を終え、新しく張り替え丈夫になったテントの下でライエは歯を見せてほくそ笑む。  ジュンはライエの傍らで静かに頭を下げた。その様子を見て、側近はジュンの腹に巻き付けられた紐を不思議そうに見ていた。 「頭領、よろしいですか」  おずおずと尋ねる側近に、ライエは眉間を寄せる。 「なんだ」 「その、奥方の腹に何故縄を」  傍に居るジュンの腹には、二重に巻かれた縄が巻き付いていた。縄の先はライエの手首に続き、互いに縄が繋がり合っている状況だ。奴隷でもあるまいし、側近は奇妙に見えて仕方なかった。  ライエはつまらなさそうに、ああと言葉を続ける。 「大戦の最中で俺の女に色目を使った男がいてな。攫われぬようこうしているのだ」  頭領の言い分に分かったような分からないような、側近は曖昧に感嘆したふりをしてみる。一方で、ジュンは辟易した。  事実が話の内容と異なっていたからだ。ライエに甚振られて泣いていたジュンを匿ってくれた男を、ライエは一方的にのしたのが真実だ。  その事件以降、ライエは何処に行くにもジュンを馬のように手綱を引いて連れ回している。ジュンにとったら、恥ずかしい事この上ない。  異常すぎる支配欲に側近の笑顔は引きつっているが、ティアのように窘めたりはしない。自身の地位を失ってまで権力に盾突くほど勇敢ではないからだ。 「では、招待は断ると」  話を変えようと側近が口にする。ライエは頭を横に振った。 「断らん。面白そうだ。そのガキは余程の怖いもの知らずか馬鹿と見た」  大戦に勝利して余程気分が良いらしかった。ライエは、好奇心に誘われるまま承諾した。  平穏は緩やかに過ぎたが、すぐに面会の日は近づく。  王子の留まる地に招かれ、王子とライエは顔を会わせた。王子と側近、ライエと側近、そして彼の傍にはジュンが控えて宴席が設けられた。楽しむ一行だったが、ふと王子が足首に縄をつけられたジュンを見て首を傾げる。 「なぜ縄に巻かれている。貴方の妻でしょう」  見栄えを考えて腹に巻いていた縄を、足首に変えたのです。と正直に口にしても信じて貰えるかどうか。ジュンは俯いてため息が出そうだった。  王子は王子で、側近も介さず言うので周囲は慌てた。しかし、ライエは大口を開けて笑った。 「この縄は俺の愛だ」  王子は不思議そうに縄を見る。彼の疑問に満ちた胸中は察するに余りある。ジュンは困ったように顔を深く伏せた。 「貴方は、彼のどこを好きになったんですか」  唐突な質問に、ジュンは顔を上げた。 「王子っ」 側近の嗜めにも億さず、王子はジュンに純粋な目を向ける。悪意ではない。悪意ではないのが余計に話辛かった。ジュンは王子の側近に視線を合わせ、仕方ないから話せと目線で指示される。  ジュンはぽつりと。 「全てです」  少しチラとライエを見て、一拍置き、ジュンは恥ずかしそうな素振りを見せる。甘い空気が漂うのが分かった。  ライエは何も気にしていない素振りだったが、口の端が上がるのをジュンは確認した。  王子はまどろっこしそうに、うんうん唸る。 「もっと、ああ、婚姻の際に決め手になったなにかだ」 「王子っ」  窘める側近を、王子は睨んだ。 「慎め。悩んでいるんだ」 「クラズ王女との婚姻ですか」  ジュンの言葉に、王子は激しく頭を縦に振った。 「ああ。本日も別荘に招いたが、どう話せばいいものか。知恵を借りたくて」  下々のものにそんな気さくに話しかける王は珍しい。感情を貴族ですら業突く張りの偉そばりばかりなのに、この男は少し異質に見えた。乱暴者の戦士の男ばかりを見てきたから、こういう男性が当たり前なのかもしれない。 「言ってやれ」  ライエがジュンに発言を促す。聞きたいのだろう、他ならぬライエが。  ジュンは扱いやすいやつだと内心でほくそ笑んだ。 「優しいところです」  また、少し間を空けてジュンが意味深げに言う。  毛ほども思ってもいないが、言葉尻を小さく言えば、真実めいて聞こえてくるからおかしなものだ。 「縄で巻かれてもか」  側近がめげずにまた窘めようとしたが、ジュンがライエの後ろに立ち、王子に向かって微笑んだ。ジュンの足首をライエが愛おしそうに撫でる。 「強引なところも、いいですよ」  余計に王子は顔を歪め思案したが、やがて爆発したように叫んだ。 「女心はわからんっ」  
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