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決着
大戦も終結したと言うのに、火種は燻ぶり続けていた。
中央勢力との戦争が勃発するのは目に見えていた。あの時の王子は、統治に向かず好き勝手をするばかりで反抗勢力が多かった。税の徴収バランスは不作の時期に値上がりし、貿易で肥えるのは貴族のみ。
「今度の大戦で俺も参加する。お前はこの先の家に住んで俺の帰りを待て」
王子との面会が終わり、一週間も経たない頃の夜。
テントの中で裸のまま、ライエはジュンに告げた。就寝につこうと言う時だった。
ジュンは驚いた。彼女は、自身もその大戦に参加し、戦死を装ってライエを殺すつもりだったからだ。
有象無象にこの男を殺させてたまるか。この男を殺すのは、私だ。
「私も行きますよ。貴方を置いて待ってられない」
「ああジュン、愛しい奴め」
ライエに頬を撫でられる。ジュンは微笑んで鼻先を擦り合わせた。
「死ぬ時も一緒ですよ。地獄に共に行きましょう」
「俺もその日暮らしは終わりだ。これを機に戦争稼業は辞めにして、二人でのんびり暮らそう」
ライエの中ではジュンは戦争に連れていかないことが決定事項らしい。こういう人の話を聞かない所も、ジュンは嫌いだった。
「家はどちらに」
「カンゼという田舎の手前だ。疫病で人が死にまくってから誰も寄り付かん」
「恐ろしい」
「疫病なんてのは一度流行れば問題は無い。その年限りの流行病だ」
ライエは傭兵稼業に身をやつしている割には博識だ。何故なのか聞いたことはあるが、彼は生まれ育った島で盗み習ったとしか言わない。彼は案外良い身分の男だと聞く。
この男が遠くに行ってしまう。逃がすものかと、じっと唇に触れる。ライエは満足そうに微笑んでジュンと同じような仕草をした。
「どうしました」
「十六か、お前も」
「はい、貴方のお陰で生きてこれました」
「呼び捨てで良い。ジュン、腹の調子はどうだ」
腹を撫でられ、今まで以上の嫌悪感が全身を走った。妊娠のことを指しているのだろうか、堕胎したことを、させたことを、まるっきり頭から吹き飛ばした身勝手さに気分が悪くなる。
「あ、あの」
声が続かない。触れられた瞬間に怒りで頭が真っ白になる。
「オクトだったかな、子供の名前は」
そこまで覚えておきながら、なぜあの時鬼灯の粉を呑ませたことを覚えていないのだ。部下に指示したから、罪悪感もないのか。この目の前の何度も体を重ね、時折心も通じ合ったこの男が、やはり理解しあえない化け物にみえる。
いつか、ライエに睦言で話したときの事だ。妊娠して後方の陣営に待機していた時。ふと子供の名前を考えているかと聞かれた時のことだ。忌々しい記憶としてジュンの中で蘇る。
「ええ」
平静を保ち、ライエは何もわからず彼女の頭を撫でる。
「六つの時からお前は何も変わらない。俺の花嫁。こんな俺でも、ともに将来を添い遂げたいと、墓に入りたいと思えるようになるとは」
実父を失くして心細く、性も知らぬ子供を悪戯に傷つけたのは誰だ。ジュンは冷たい殺意を覚え、ライエにのしかかった。呆けた顔が今ではかわいらしく感じる。これから何をされるかも知らないで。
ジュンは微笑んで額を撫で、耳に囁きかけた。
「ライエ、外の空気を吸いに行こうよ」
「こんな夜中にか」
「戦に出る前に、湖で英気を養わないと」
ね、とジュンが笑うと、色気に宛てられてライエはだらしなく笑う。服を互いに着せあい、ライエの上着を着せていると、彼が耳を寄せる。
「積極的だな。俺に勝てるとでも思うのか」
「今度は負けませんよ。必ず貴方を仕留めますから」
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