傭兵団

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「ライエ傭兵団へようこそ。頭領直々のお言葉だ。頭を垂れろ」  クシーは皆の一番見えやすい位置に座るライエを前に、膝まずいて頭を深く下ろした。快晴の下、側近であるティアが背筋を伸ばしてクシーを睨めつける。 「はっ」 「諸々の装備を買い与える。金貨十枚相当、これが費用だ。必ず一年以内に返すように」 「はっ?」  思わず聞き返してしまうと、ティアが悪鬼のように怒鳴った。 「口答えか」 「い、いえ」  ということは、借金したということだ。金貨十枚、良質な馬一頭で金貨半分なので、二十頭買えるほどの値段だ。騙された、と思った時にはもう遅い。 「だが温情として、養子手当で衣服を買い与えてくださった。金貨一枚追加だ」  余計なことを。投げ捨てられた服を見てもそんな高価なものには見えない。 「有難う御座います」 「仕事の時間までに着替えてこい。走れっ」 「ここでだ」  今度はティアが間抜けた声を出す。ライエの獣の目は着替えを持って立ち尽くすクシーを見ていた。 「どういう事です」 「ここで着替えろ」  ティアは驚いた顔で頭領を見るが、彼は興味津々と言うふうで惚けるクシーを見ている。周囲の下衆な視線にクシーは昨日の仕返しだと気づいたが、彼女は意を決して衣服を脱ぎ始めた。 「やめなさい。頭領っ」  ティアが制しても、ライエは続けろと促す。胸をはだけると、かすかに膨らみ始めた肌に朱が走っている。周囲が冷やかしの声をあげると、うろんな視線がきっと傭兵達を睨んだ。 「何を見ている」  すると周囲は頭領を怒らせてはいけないと後ろを向いた。ティアは気の毒に、と呟いたがライエに一瞥され後ろを向く。クシーは村の衣装を脱いで、前を隠しながらシャツやズボンを着ようとする。しかし、恥じらっているのをバレたくない、そんな反骨心から一糸纏わぬ姿になった。それを見て、ライエが口笛を吹くとやはり羞恥に頬が染まる。  膨らみ始めた胸と、程よく筋肉のついた太もも、女性らしく形作られようと成長している曲線、どれを取ってもライエには自分好みに見えた。いや、そんな女に仕立て上げたいと願った。やがて服を纏った彼女を指で手招き、そばに寄せて抱き寄せ、体に触れる。 「よしてください」 「服のサイズをチェックしているんだ。尻はきつくないか」  大きな手が下半身の膨らみを撫で回す。双丘の間を手が行ったり来たり、クシーは怯えて動けない。が、声を振り絞って答えた。 「問題ありません、ぁっ」 「腿はパンパンじゃないか。後で新しい服を持ってこさせよう。銀貨十枚追加だ」  股ぐらを撫でると、敏感な箇所に刺激が走って声が上ずる。堪えるような瞳にライエはたまらず服の上から胸の先を軽く噛んだ。 「ん、もう、いいですか」 「服が届いたら俺のテントで点検だ。いいな」  ライエの手がパンとクシーの尻を叩き、弾ける音にクシーは体をびくりとさせた。 「お前ら何後ろを向いている。仕事に行くぞ」  頭領が後ろ向けって言ったんでしょう、なんて口が裂けても言えない。傭兵達は仕事に向かい、クシーもその後に続いた。傭兵たちの好奇の視線を受け、噂話が聞こえてくる。 「頭領は娼婦を抱けないせいでおかしくなったのか。あんな子供に欲情するなんて」 「まあ、頭領は元々ガサツだから。前の奥さんも心を病んだって言うし」 「女を抱けなくて気が狂っちまうのはわからんでもないがな。こんな仕事でよ」 「でも、俺はあの声で勃っちまったぜ」 「あいつも案外濡れているのかもな」  下卑た声を受けながら、クシーは初めて戦場に身を落とした。男や微かな女の兵士、そして子供に紛れて敵兵である黒服を見つけて矢で射るのだが、心が痛んだ。動物に撃つのだって最初は気が引けたのに、苦しむ人間の顔を見ると吐き気を覚えてしまう。しかしなんとか仕事をやり遂げたクシーの手には、一銭も手に入らなかった。 「どうして。私は、十人も右足を射ったはずだ」 「言うのを忘れていた。俺たちの団だけではない、傭兵の報酬はとった首にかけられる」  愕然とした。弓兵である自分ではどう頑張っても大人の首は落とせないではないか。クシーは別の手を考えないといけないが、ライエは微笑んで銀貨一枚をクシーに渡した。 「これは」 「お前が射ったお陰で兵士を仕留めることができた。その報酬だ。受け取れ」  十人射止めて、たった銀貨一枚。金貨一枚は銀貨百枚に相当する。この調子では借金の返済には途方もない時間がかかる。もしかしたら一生返せないかもしれない。 「たった、これだけ」 「そうだ。首を落としたのは他の兵だから手間賃、仲介手数料、諸々引いて」 「横暴だっ」 「クシー。口を慎め」  ティアが制するが、ライエの目はぎらついていた。彼はクシーが初めての戦場で、的確に敵の右足を射ったことに感心している。だが、このライエに目をつけられてしまえば能力を活かすどころか、ライエに痛ぶられて死んでしまうかもしれない。 「俺の団に入ることを望んだのはお前だろう」  そう言われるとぐうの音も出ない。ここを追い出されてもクシーには行く当てもなく、せめてもの仕返しで銀貨一枚を握りしめた。 「ならこの戦場のルールを教えてほしい」  独り立ちをするにしても、学ばなければ生きてはいけない。ライエは反骨心の消えぬクシーを面白そうに見やり、手を伸ばして顎を掴んだ。 「甘いな。教えを乞えば差し出してくれるとでも。俺はお前の父だから親切に教えてやるが、そう簡単には答えは得られない。代償がいる。この世の全てに」  ライエの手が喉を伝って首を摩り、体の中心を撫でながら下降していく。ティアは頭領の下劣な行為を今すぐにでも辞めさせたいが、度胸がなかった。 「ならこの銀貨で」 「いいのかい。皆んなで話し合わなくて。この銀貨は、お前ら子供五人分の日当だぞ」 「そんな馬鹿な」  クシーが思わず叫ぶ。パンを買えば無くなってしまうような金だ。ライエはくつくつと笑う。 「四人はまだ戦争にすら出られない。食費が嵩む」 「そんなんじゃ一年以内に金貨十枚なんて到底無理だ。他のみんなも同じなのか」 「金貨十一枚と銀貨十枚だ」  ティアを見上げるが、彼は苦しそうな顔をする。 「そうだ。皆ライエ頭領に借金がある。金貨十枚を一年以内に返済できなければ、金利がつく。元本に一割、年に」 「良心的だろう」  ライエが愉快に笑い、クシーは頭を抱えた。世間的には正当な割合かもしれないが、いかんせんクシーには厳しい現実だ。クシーは彼の伸びてくる手を払い、その場を去ろうとした。だが、腕を掴まれ引き寄せられる。 「頭領、おやめください。まだ子供なのに」 「こいつの父親気取りか。父は俺だ」  父親になるつもりも器量もないくせに、そのくせ子供だけは拾ってすぐ飽きる。ティアも殆愛想がつきかけていたが、このクシーという子どもを放っておいたらライエに骨までしゃぶられてしまう。 「触らないで、そこ」  ライエは怖がるクシーを楽しむように頭を撫で、腰を摩り頬にキスを落とした。熱い息がかかるたびに、彼女の腰がヒクリと小鹿のように震える。 「金は稼いでも稼いでも足りない。硬貨が欲しけりゃ、稼ぎ方を教えてやらんでもない」 「ゲスが」 「今なんて言った」  ティアは思わず口にしてしまう。はっと口を抑える。だが、この男が聞き逃すはずもなかった。ライエが腕を振りかぶろうとした瞬間、クシーは咄嗟にライエの頬を挟んで口付けた。ティアを助けるためとは言え、ライエは最初固まっていたが、拙い口づかいに痺れを切らし抱き寄せ、太い舌を絡ませた。 「ぁ、っ、は、ぅん」  小さな口から吐息が漏れ、自身の情けなさにティアは目を逸らしてしまう。 「舌をこう出して、そう、絡ませろ」 ライエがクシーに指示を与え、彼女が従う。舌の大きさですらこんなに違うのに、この男はクシーの何をそんなに求めているのか。 「ぁ、っ、んっ、んん」 唾液が混じり、もどかしそうに腰を揺らす様は子供には見えなかった。大人の男を翻弄する小さな悪魔。ライエは舌を引き抜き、息苦しさに悶える小さな子供を、熱の籠った目で見つめた。男の欲情する視線に充てられ、クシーは涙目で見つめ、逸らす。 「意地らしい。その気だったか、この悪魔め。おいティア、助けられたな」 「私は問題ないです」  気丈な娘にティアは胸打たれるが、この場を後にしたら最後、クシーはライエに食われてしまう。許せない、子供に手をあげるなんて。ティアはライエのいいところを一つ挙げるとすれば、子供を性的に消費しないどころか奇異の目で見ていたことだ。それがこの有様。こんな子供に熱を上げるなんてどうかしている。 「頭領、失礼します」  ふと外から声がかけられ、ライエは舌打ちするとクシーを膝の上に乗せながら入室を促した。すると、涙目のニゲラが男に連れられてきた。 「またこいつか」  ライエが辟易した声で言うと、ニゲラがびくりと震える。 「申し訳ございません。父さん」 「今度は何をした」 「馬を一頭逃しましてね」 「何っ。ふざけるなよこの、クソガキ。せっかく良質な馬を揃えたのに、金貨一枚では採算がとれん。お前の負債ではもう破産だ」  子供からも金を搾り取ろうと言うのか。クシーはニゲラを哀れに思った。しかし、男はまだ何か言いたそうだ。 「この仕打ちはどう致しましょう。どうです、乗馬鞭で鞭打ちは」  なんて仕打ちだとクシーは仰天するが、ライエは興味がなさそうだった。 「なんとでもしてしまえ。この愚息の相手は疲れる」 「では、そのように」  クシーは青ざめるニゲラを放って置くことができない。ライエの胸を揺さぶった。 「待って、本当にあんな幼い子を鞭打ちにする気ですか」  ライエがクシーを見遣り、ふとこの不自然にニゲラの失態を告げにきた男に違和感を覚えた。男がニヤリと笑う。 「乗馬鞭は色んな意味で楽しめますよ」  ライエは彼の意図に気付いたのか、クシーの腰を引き寄せ股が太腿を跨ぐように座らせ、不必要に揺らした。 「お前の負債はまだ金貨十枚と追加分だったな。こいつの金貨一枚も背負い込むのか。一年目は元本金十枚から始まるが、二年目からは追加分も元本になるぞ」 「構いません。仕打ちも引き受けます。兄弟の仕打ちも、私が全て引き受けて見せましょう」  声が震えていたが、ライエは自身には少し甘いところがあると踏んでいた。子供の見解だが、恐怖や空腹に怯える彼らを放っては置けなかったのだ。だが、ライエの笑みが極限まで上がると、クシーは思わず悲鳴が漏れた。 「その言葉、偽りはないな」 「あ、あの」 「はっきり言え。今なら撤回しても良い。これから先、お前はあらゆる罰を受け続けるだろうからな。自分の器量以上のものを背負い込むと、壊れやすくなる」 「は、はあ」 「兄弟が、どんな手間を俺たち大人にかけても、罰はお前が受けるんだ。俺の手自ら、あのテントで、誰も助けてはくれないよ」  ニゲラを見ると、自身のせいで他人が窮地に陥っていることに罪の意識を感じていた。こんな子が、今までどんな仕打ちをうけ、耐えてきたんだろう。クシー自身も子供であったが、彼を助けずにはいられない。 「受けます」  後悔がないわけではないが、見捨てるよりはマシだった。ライエは嬉々としてその願いを誓約書に書かせサインをさせた。ライエのそばに男が寄る。 「馬は逃げておりません。捕まえておきました」 「わかっておるわ。上手くやったなあ、褒美は何が欲しい」 「へえ。借金の方の元本を少々減らしていただきたく」  大人はこうやってのうのうと生きていく。ティアは身がつまされる思いだったが、結局自分も何もできずクシーをテントに案内するしかなかった。
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