それから

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それから

 二人は、涼のアパートで、毎晩あの秋祭りの日の事から、順番に一人一つずつのお話をしていった。  その間、涼は決して民に手を出そうとはしなかった。  二人共、お互い、不遇な生活だったのだと知った。  特に、民は、自分は最低な生活だと思っていたが、母親に売春までさせられ、結果、母親を殺してしまった涼の心を思うと、自分の事のように胸が痛んだ。  最後の話まで来たときに涼は言った。 「あの、秋祭りの日、一緒にりんご飴とわた菓子を食べたね。それから、俺は、民ちゃんに結婚してほしいって言ったんだ。」  そう言われた瞬間、ほっこりしていた昔の思い出が民の中で鮮やかによみがえった。あまりに辛すぎて、そんな幸せなことを言われていたことは、心が忘れようとしていたのだろうか。 「あ、私、いいよ。って答えた。」 「え?思い出してくれたの?でも、前科者の俺と何て結婚しても苦労するだけだから、その約束は忘れて。欲しいって言おうと思ったんだ。」 「え?だって、涼君のお母さんの事は不幸な事故だったわけだし。罪にはなっちゃったけどさ。涼君のせいじゃないよ。酷い事させられてたんだもん。だから、こんな汚れた私でも良ければ、今も、私の答えは、『いいよ。』だよ。」  涼は泣いた。母親を殺した時でも泣かなかったのに。  清らかだった頃の二人を思い出して泣いた。    涼を見て、民も泣いた。  清らかだった頃のあの秋祭りの夜を思い出して泣いた。  二人が幾晩も話して、話し終わった日は、新月だった。  電気を消して、カーテンを開けて空を見た。  微かな街灯の光だけがはいるほの暗い部屋の中で、お互いの見えない傷がわからないように、お互いを手で確かめながら、二人はようやく、長い長い約束を果たして結婚した。  【了】
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