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本当にすぐ着いたコタローのアパート。小綺麗な三階建ての三階、角部屋だった。
「お邪魔しまーす」
「どうぞ」
散らかってると言ったけどちゃんと片付いてる。部屋にも性格が出るというか…シンプルで物が少ない。
「ちゃんと綺麗にしてるじゃない」
「今朝掃除しといてよかったです」
「じゃあ早速宝探ししていい?」
「宝…?」
「エロ本」
「無いですよそんなの」
「えーつまんなーい」
適当に座ってください、と言われたのでソファーに座って四角いクッションを抱える。
「飲みますか?」
「んー…うん。いつもの」
「オリーブないです」
「じゃあコタローの好きなやつ」
「わかりました」
キッチンに立つ後ろ姿をぼーっと眺めていたら携帯が鳴った。名前を見て少し考えた後、出るのはやめることにした。
携帯を伏せて、もう一度部屋を見渡してみる。
ライトグレーのベッドの上にある枕には可愛らしい飛行機の絵が描かれたタオルがかけられていて、端の方にななせこうたろうと平仮名で書かれている。昔使ってたものなのかな。
グレーとベージュで整えられている落ち着いた部屋に似合わないけど生活感があって良い。
すぐそばにある本棚には漫画がぎっしり。こういうところは男の子っぽい。
ポスター等は一切なく、本当に必要最低限のものだけが揃っているようだ。ついでに女の子の気配もない。
「お待たせしました」
「ピーチウーロン?」
「最近はまってて」
「甘いもの好き?」
「はい」
私より女子力高いかも。いただきます、と口をつけるとすっきりした甘い桃の香りが広がった。
「ユリさんは酒強いですもんね」
「まあね」
「俺絶対マティーニなんか飲みたくない。あんなクセの塊」
「私のために作ってるくせに?マティーニこそ正義よ」
なにそれ、と笑った彼はベッドに寝転んだ。目にかかる髪の隙間から見つめられてる気がするけど、気づかないフリをしてピーチウーロンをすする。
「なんか、変な感じします」
「何が?」
「ユリさんが俺の家にいる」
横目でちらりと彼を見ると目が合った。じっとりとした熱を孕むような瞳。
ああ…これは。コタローからだけでなく、何度も感じたことのある視線だと気づいて顔を逸らす。
彼のそれは忠愛か、性愛か。
「…もしかしてコタローって童貞?」
「一応卒業してます」
「顔可愛いしモテるでしょ」
「まあ、それなりに」
「うわ、認めた!」
「ユリさんだって毎日いろんな人から電話来てるじゃないですか」
「あれもただの遊び。ね、よく犬顔って言われない?」
「言われる」
やっぱりー!と嬉しくなって、頬杖をついて目を瞑る彼を見つめる。
横顔美人だよなあ。笑った時にきゅっと上がる口角も可愛い。ニコニコしていたら目を瞑ってしまった。
「えー、ちょっと、お客放置して寝るの?」
「寝てません」
「嘘だー」
グラスをテーブルに置いてベッドに近寄り、腕をかけて至近距離で可愛い顔を眺める。
肌ツヤいいなー、毛穴どこ?若いって羨ましい。
あ、とおでこの端にニキビを見つけて笑っていたら、パチッと視線が合った。
「ユリさん」
「ん?」
頬に手を添えられてからキスまではあっという間だった。
ふわりと爽やかな香りがして、気づいたら唇がくっついていた。
「コラ。何してんの」
「ユリさんは何か感じましたか」
「何かって?」
「俺は何も感じなかった」
「は?」
「すいません。忘れてください、ただのスキンシップです」
「へー、コタローってそうやって女の子落とすんだ」
「違いますよ。スキンシップです。顔でも舐めましょうか?」
「それはやだ」
「引かないでください」
ケラケラ笑いながら整った横顔を眺める。別に気まずさはないけど、静かになった空間には時計が針を進める音だけが響く。
「…俺も同じなんです」
「同じ?」
腕で目元を覆っていた彼は頷いて、体を横向けて私と目を合わせる。その瞳は捨てられた子犬のようになんだか寂しげに私の目に映った。
「ユリさんと同じ。寂しくて、誰かに縋りたくて、一瞬の錯覚の為に遊び続ける」
「あら、童貞くんとは程遠かったのね」
「軽蔑しますか」
「しないよ。だって同じだもん」
「逃げないんですか」
「どうして?」
「だって、ここは俺の家です」
体を起こして、その気になれば、と言った彼はベッドから降りて私を押し倒す。
頭を床にぶつけないように手で支えてくれるあたり、慣れてると感じる。
うーん、下から見るイケメンも悪くない。
「君は犬じゃなくてウサギだったのね」
「犬やめてもいいですか」
「だめー」
ムードをぶち壊す私に小さくため息をついた彼は上から退いて、手を取って体を起こしてくれた。そのまま隣に並んで、またピーチウーロンをすする。
「俺ユリさんと連絡先交換した後、今まで遊んでた人達の連絡先、全部消したんです」
「どうして?」
「俺も変わりたかったのかも。でも、もう寂しくて負けそうです」
この子は…ごく普通のどこにでもいる明るい子だと思ったけど違う、全然違う。なんだか闇深そうで少し興味が湧いてきた。
「コタロー。今日泊まっていい?てか泊まる」
「え?」
「いいでしょ?化粧水とかある?」
「あるけど、え?」
困惑している彼が面白くて笑う。ちょうど良い高さにあるベッドに頭だけを預けて、じっと見つめてみる。
「本気ですか」
「うん」
「もしかしたらユリさんのこと襲っちゃうかも」
「それはない。コタローはそんな子じゃない」
「そんなの分かんないじゃん」
「そうだ、コンビニでパンツ買ってきて?Sサイズね。あと歯ブラシとメイク落とし」
財布から諭吉を抜き取り、彼に握らせて肩を叩く。
「え、俺が行くんですか?」
「だって私バレたら面倒だもん。あ、何か欲しいものあったらそれで買ってきていいよ。はい、行ってらっしゃーい!」
無理やり背中を押して玄関に向かわせる。女性物の下着を素直に買いに行ってくれるなんて、うちのワンコはやっぱり馬鹿だった。
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