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 さっき目が合ったとき、真剣な顔だった。そして真剣な声。これからなにを聞かされるのだろう。わたしの心臓が痛いくらいに鼓動を打っている。 「俺は会社を手放して人生を半分あきらめてた。食べていくためにアルバイトはしてたけど経営者に戻るつもりはなかったんだ。でもさくらのやさしさに触れて、さくらが仕事をがんばる姿を見て、さくらを好きになって。もう一度人生をやり直そうと思ったんだ。だから、ありがとう。こうしていまの俺があるのはさくらのおかげだよ」  来栖くんが言葉を紡ぐその声はとても力強くてやさしい。  だけどわたしにはもったいない言葉。  だってわたしはなにもしていない。ただあたり前に生活をしていただけ。  離ればなれだった間、来栖くんはひとりでがんばっていた。きっとわたしよりも大変な思いをしてきたんだろう。  そんな片鱗をちっとも見せないけれど、来栖くんの仕事の軌跡を辿ればなんとなく想像はつく。  だからわたしのおかげなんかじゃない。いまがあるのは来栖くん自身のおかげなんだよ。  そう言ったら怒られそうだから言わないでおくけど。  目を開けると、来栖くんがわたしを愛おしそうに見つめていた。 「わたしのほうこそ感謝してるよ。わたしを迎えにきてくれてありがとう」  うれしくて涙があふれた。  来栖くんから会いにきてくれなかったら、わたしたちはきっと一生離ればなれのままだったと思う。 「また泣いてんの?」 「うっさい」  だってしょうがないじゃない。すごく感動しちゃったんだもん。  これほどまで深い愛の言葉をもらったことなんていままでなかった。来栖くんはわたしを一途に愛してくれる初めての人になるんだと思う。もちろんわたしも……。  ずっと先の未来も一緒にいられたらいいなと心から思った。
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