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「あの、冴木先生……」
自信がなさそうに揺れる瞳が、横目で俺の顔色を窺う。
「よかったら、今夜はここで、少しお話に付き合ってくれませんか?」
「……今夜も、すぐに家に帰る気はないんですか?」
「あの人と会ってすぐは……そういう気分になれなくて」
柔い風が運んでくる。制服に似合わない、どこか艶めかしいムスクの香りを。
もういい時間だ。家に帰らせるべきだ。
倫理的で全うな主張を、俺は思考の片隅に仕舞う。
「いいですよ。俺も古森さんと話したい気分でしたから。せっかくなので、飲み物だけではなくデザートも如何ですか?」
中身が散ってしまわないよう、俺はゆっくりと紙袋を逆さに傾ける。
クッキー。ラスク。マドレーヌ。フィナンシェ。バウムクーヘン。個包装になった色とりどりのお菓子達が、無造作に手すりの上に並んだ。
「古森さんもご存じの通り高級店なので、バラ売りのものしか手が出せませんでしたが」
「わ、どれも美味しそうっ……どれでもいいんですか?」
「もちろん。これもお礼の内ですから、食べてもらえないと困ります」
「ありがとうございます。実はちょっとお腹が空いたなって思ってて……いただきます」
古森さんはプレーンクッキー、俺はチョコフィナンシェを口に運ぶ。しっとりと舌を癒す控えめな甘味。橋の上での立食とはなんとも品に欠けた滑稽なカフェタイムだが、案外悪くない。
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