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 吸引力、としか例えようがなかった。俺の手は、気付けば古森さんの頭を撫でていた。二、三度ポンポンと触れ、すぐに離れる。 「……ごめんなさい。今度ばかりは、どうぞ訴えてください」  流石に「気持ち悪い」と跳ねのけられるのを覚悟したが、古森さんは首を横に動かした。真っ直ぐに見上げてくる(こころ)(もと)ない表情の中に嫌悪らしきものは見当たらない。 「元気付けようとしてくれたんですよね? 私が弱音吐いちゃったから……」 「元気付ける、と表現するとおこがましいですが……古森さんは偉いですよ。毎日学校に通って、ちゃんと授業を受けて、家に帰って、それを繰り返して……本当は誰だって、それだけで誇っていいのに」 「そんなことで? それくらいなら誰にだってっ……」 「誰にだってできることではないから偉いと言っているんです。単なる怠け癖で欠席する者、興味本位で非行に走る者、無抵抗の誰かを故意に傷付けて嗤う者……そこに当て嵌まらない古森さんは十分に立派です。堂々と胸を張ってください」  もちろん学校に限ったことではない。何の事件も起こさず、意図的に誰かを傷付けようなどと企まず、平凡と呼べる日々をひたすら地道に積み重ねる。それはとても幸せなことで、だからこそ、当たり前と呼ばれがちな日常生活を送っている人は誰しもが尊い。派手な人生に満ち溢れた人だらけではこの世は成り立たないのだから。
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