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風が雲を空から追い出したのか。ぽつぽつと置き去りにされた星が、やけに鮮やかだ。
「変なの……」
古森さんも空を見上げていた。カップを両手に包んで。
「おかしな理屈でしたかね。本心だったのですが」
「違う。何だか今日は、空が、すごく綺麗で……この紅茶も……」
隣から、再び紅茶を啜る音がする。
「持って帰って家で飲んでも……きっと、こんなに美味しく感じなかっただろうな」
不安定だった顔が、ようやく静かに微笑む。いつも学校で見かける大人びた表情だ。
「たまに思う時があるんです。冴木先生は、教室で数学を教えるよりも、保健室に座ってる方が似合うだろうなって。傷ついた人に寄り添って話を聞いてあげるのが得意なんだろうなって」
「そういう職は、もっと聞き上手で人生経験豊富な大人でなければ就けませんよ。俺も生徒の話を聞くのは苦ではありませんが……」
「ほら。人の話を聞く姿勢がある人なら向いてます。きっと」
「そうじゃないんです。俺は……もう、逃げるわけにはいかないので」
冷えてきたカップの中身を喉の奥に流す。
誰の話でも聞いて、すぐに気の利いた答えを返せるような、そんな大人ならよかった。
温もりの残るカフェオレが、肺に詰まる感じがした。目が眩む街の灯りも、闇に抗う空の光も、途端に褪せて見える。
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