7人が本棚に入れています
本棚に追加
手すりに落とした手に、柔らかい感触が被さる。冷たいけれど嫌な温度ではない。古森さんの手が、俺の手に重なっていた。
また不安定に揺れ始めた瞳が、それでも真っ直ぐに、俺を見上げる。
「……ごめんなさい。でも……先生が、何だかすごく、苦しそうに見えて……」
「……苦しいです。もう、ずっと……」
「何か……辛いことでもあったんですか……?」
「ずっと……痛みが引かないんです。いつまで経っても、何をしても……」
「何が、あったんですか? 私が聞いてもいい話なら、何でも聞きます。どんな話でも、ちゃんと最後まで聞きますからっ……そんな、壊れてしまいそうな表情、しないでくださいっ……」
懸命に寄り添おうとしてくれる瞳が、眩しい。自分こそ壊れそうな表情をしているくせに。ああ、そうか。それは俺がこういう表情をしているせいなのか。
目を合わせていられなくなって、俺は項垂れる。
まだ間に合う。こんなことを教師が生徒に吐き出してはいけない。強がらなければ。
だけど、抑えられない。聞いてほしい。他の誰でもない、この人に。
「およそ一年前……俺が受け持っていたクラスの生徒が一人、清石公園で亡くなったんです。学校から帰る途中に、公園の中ですれ違った男性に刺されて」
他の誰も通らなくなった大きな橋の上を、非情な風が駆ける。
それでも重ねられたまま離れない手が尊くて、いよいよ止まらなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!