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「その子は……鈴原君は、一年前のあの日の放課後、帰る前に俺のところに来たんです。『話したいことがある』と。なのに俺は、業務が忙しいと言い訳をして……あの子の話を聞いてあげなかった」 「どうして……」 「鈴原君の気持ちには応えてあげられない……そう、思ったから……」  『相談したいことがあるんです』。そう声をかけられていたら、俺は迷わずその場で話を聞いてあげていた。  だけど、違った。あの日の鈴原君は、決意に満ちた目をして俺の前に立った。『先生に話したいことがあります』と。  聞かずとも俺は勘づいた。話の内容も。あの子が俺に向けてくれていた気持ちが、教師への信頼や憧れを超えたものだということも。その想いに、俺が応えてあげられることはないことも。 「せめて一晩……傷付ける覚悟を整える時間が、一晩だけ欲くて……自分のエゴを優先した俺は、『今日は忙しいから、明日の放課後に話を聞く』と、そう答えてしまったんです」  それでも鈴原君は嬉しそうに笑ってくれたけど、あの子がその“明日”を迎えることはなかった。俺が約束を果たせることは、もう二度とない。  帰る時間が、この公園を通る時間が、もう少し遅れていたら。俺が自分の戸惑いをさっさと整理して、鈴原君のことを優先してあげられていたら。そうすればあんなことは起こらなかったかもしれないのに。
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