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一
ダイヤモンドリリー。長い髪を広げて街灯の真横に佇むその姿は、まるで儚い花のよう。見つめているだけで、胸を燻る重い炎を浄化してくれるよう。
なんて、そう感じてしまった何かは、恐らくは気のせいだ。
妙な気の迷いを振り切り、俺はコンクリートの橋に足を踏み出す。
「何をしているんですか? 古森さん」
太い手すりを掴んで立っているその人に、俺は声をかけた。見慣れた制服を着たその少女――古森蝶子に。
身体を動かさず、ゆっくりと顔だけをこちらに向ける仕草が、子どもらしくなくて一瞬ドキリとする。俺を見上げる静かな瞳がまた子どもらしくなくて、思わず目を奪われた。
「こんばんは。冴木先生。今はなんとなく、街を眺めていました」
物怖じしない丁寧な受け答えが、ますます子どもらしくない。大抵の生徒はタメ口で話しかけてくるのに。
「こんな遅くに高校生が一人でうろついていたら危ないでしょう。変な大人に捕まったらどうするつもりですか」
「あ……ごめんなさい。すぐに帰ります。だから、学校にも警察にも言わないでくださいっ。お願いしますっ」
俺がスマホを取り出すとでも思ったのだろう。静かな瞳と声をようやく慌てさせた古森さんは、俺の腕を強く掴んだ。
「お父さんには心配かけたくないんです。だからっ……!」
「言いませんよ。誰にも。このまま大人しく家に帰ると約束してくれるなら」
「……わかりました」
肩を落とした古森さんの手が離れていく。落ち込んだわけではなく、安心からの動きに見えた。
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