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 噂の男はこの直ぐ側に居るはずだ。  走った所為で未だ整わない息を口を塞いで押し殺し、リリシスも後に続く。  音を立てないようにと進むも、足元からはパキパキと小枝の折れる音が鳴り、背中には冷や汗が滲んだ。  少しすると、木の影に隠れて前方を窺う幼い後ろ姿が見えた。  どうやら泉を覗くことの出来る場所まで来たようだ。ロットに手招きされ、重なるようにして大木の陰に入る。息を潜め、リリシスもそっと木から顔を出してみた。  家一軒分ほどの距離の先。  象牙色の小さな天幕が泉の傍の開けた場所に張られている。横では焚き火が燃えていて、その前に男が一人、こちらに背を向け座っていた。どうやら火にかけている鍋の世話をしているようだ。 「本当にいた! 何か作っているみたいだけど、彼方のヒトって、普通のご飯も食べるものなの?」 「しっ……! 聞こえるかもしれない」  ある程度は泉の水音に紛れるだろうが、耳の良い者なら聞こえてもおかしくない。ロットの口を押さえ、様子を窺う。  男は黒っぽいフード付きの外套を着ていて、離れた距離からではどのような姿をしているのか判然としない。 「顔が見たいよ」 「無理だ。あの人がこちらを向けば僕たちは見つかってしまうかもしれない。もう姿は見たんだ。帰ろう」  顔を寄せ、極限まで細めた声で説得を試みる。無理やり引きずって帰ることも考えたが、抵抗でもされれば大きな音を立ててしまいかねない。
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