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「なんだよ」
「まるでサナルパスの魔物だな」
「え?」
「いや、今の状況がその戯曲の一節に似ていると思ってな」
「ぎきょく……?」
ロットが首を傾げる。無理もないと思った。ラビドの村に戯曲を諳んじるような者はいない。リリシスも以前に住んでいた街で、王都から来た行商人に聞かせてもらったことが一度か二度ある程度だ。
「物語のようなものだ。興味があるか?」
首がもげそうな勢いでロットが頷くと、青年はその『サナルパスの魔物』とやらのあらすじを語った。
物語は魂を喰う魔物と娘が恋に落ち、愛と罪の意識の狭間で悩み苦しむというもので、聖者に祓われる魔物を庇って娘が死に、絶望して後を追った魔物とあの世で魂が結ばれるという結末だった。二人の出会いのシーンは、場所こそ違えど確かに自分達がしたやり取りと似ていた。
青年の語りは淡々としているようで引き込まれるような巧みさがあり、つい先程まで身構えていたことすら忘れてしまいそうになる。リリシスはロットの肩を押さえ、努めて一定の距離を保つことを心掛けた。
ロットは窮屈そうに肩を揺らしながら青年を見上げる。
「自分が死ねば魔物が悲しむのを分かってて、なんで娘は彼を庇ったんだ?」
悲劇性を強調し物語としての面白さを高める為——などと情緒のかけらもない冷めた考えが真っ先に浮かんでしまうのは、自分がまだ恋を知らない人間だからだろうか。
そんなことを考えながら、リリシスも青年を見た。
ロットの問いに、彼が何と答えるのか興味があったのだ。
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