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 思い出したくない記憶に背中がザワザワとして、左の耳飾りに無意識に手が伸びた。  金属のひんやりとした感触を確かめながら、必死に心を落ち着ける。  リリシスが押し黙ったままでいると、掴まれていた手が不意に外れた。先程とは打って変わって神妙な顔のロットがこちらを見る。 「そうなんだ……」 「ああ。さぁ、家に帰ろう」  分かってくれたかとほっと息をつきかけたのも束の間、次の瞬間にはロットの足が勢いよく地面を蹴っていた。 「ロット!」  急転直下の展開に呆気に取られてしまったリリシスだったが、彼の目的の場所が何処かを思い出すと、堪らず叫んだ。  九歳児と言えども足の速いロットはぐんぐん元いた場所から離れていく。行手にあるのは東の森だ。  数日前から、村では「東の森の泉近くに、旅人風情の怪しげな男が居着いている」と盛んに噂されている。  実際のところ、その旅人風の男が彼虚かどうかは定かでない。しかし何れにせよ、何者か分からない人間がいる場所に、小さな子供を一人で行かせる訳にはいかないだろう。 「止まって、ロット! 止まるんだ!」  リリシスの声に、既にだいぶん小さくなっていた背中がくるりとこちらを振り向いた。変声前のよく通る声がこちらに向かって飛んで来る。 「リリィが知ってるんならオレも知りたい! 自分ばっかりずるいぞ!」  叫び終わるや否や、再び走り出す。  何故そうなるのか……リリシスは脱力感から崩れそうになる膝を叱咤して、遠くなっていく背中を追いかけた。
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