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 東の森の入り口を通り過ぎ、針葉樹が繁る林の端に沿って進むことしばらく。  こんこんと湧き出る水の音を頼りに森の中へと分け入ったその先に、件の泉はある。  まるで人の目からその存在を隠すかのように四方を囲う木々は、森に差し込む光をも絞り、辺りの空気をひんやりとさせていた。  頭上に繁る葉や、幹に絡む蔦、地面を覆う苔などの緑は茶色がかり、心なしか暗い雰囲気を纏って見える。  泉から湧き出る水は豊かで清い。  しかし周辺の独特の雰囲気の所為か、ラビドの村の人々はこの泉を好まず、明るく開けた場所にある南の泉へと水を求めるのが常だった。   リリシスも例外ではなく、この場に足を踏み入れたことは過去に一度あった切りだった。  近くまで行くと、噂の男がいるという場所はすぐに分かった。  何か煮炊きでもしているのだろうか、泉の場所と思しき地点から一筋の煙がゆるやかに空へと立ち昇っている。立ち止まっていたロットもその白煙を見上げていた。  付近を一羽の黒い鳥が旋回している。  リリシスはその姿に見覚えがあった。二ヶ月程前から自宅近くの森や、村の空でよく見掛けるようになった鳥だ。東の森が根倉なのだろうか。  草を踏む足音で、ロットがこちらに気付いた。リリシスを見ると唇に指を当て、あろうことか一人で森の中へと入って行く。 「ロット、待って……!」
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