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──……リーン
どこからか、小さく鈴の音が聞こえた。
「頭中将様にごさいますね」
白い衣を纏った女が、褥の側にいた。いつからそこにいたのだろうか。衣擦れの音も、御簾を上げる音もしなかった。
「我が主がお呼びです」
鈴を転がしたような声で、淡々と女は言う。
「そなた、私が見えるのか」
女はゆっくりとうなづき、背後を指さした。その視線の先を追うと、一人の男が眠っている。
「これは……私か」
死んだのか。冷静に受け入れる自分がいる。
「我が主の元へ、案内いたします」
有無を言わせず、女は歩いて行ってしまう。
「待て」
女は止まることなく、すーっと御簾をすり抜け、鈴の音を残してゆく。慌てて後を追いかけた。案の定、何の抵抗もなく体は御簾をすり抜けた。
振り返ると、泣く妻子や女房達、家人らの姿が見える。彼らの泣く声を背に、塀をもすり抜けようとする女を追った。
月の光が明るかった。
小走りなりながら女を追うが、滑るように歩く女との距離は縮まらない。不思議と疲れは感じなかった。女は、ある邸宅のなかへ入って行った。
「ここは……」
土御門大路に面した邸宅である。
女の後から邸宅内に入ると、そこに女の姿はなく、一人の男が立っていた。
月光の下、穏やかに微笑みながら、男はこちらを振り返った。
──チリーン
再び鈴の音が響いたと思えば、男の傍らに女が立っていた。
「お待ち申し上げておりました。頭中将殿」
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