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ゆっくりと目を開けると、枕元で燈台の火が小さく灯っており、妻が袖で顔を覆っているのが見えた。
「凪子。何故泣いておる」
体を起こし、妻の肩に手を伸ばした。
「なっ……」
目の前で起きたことが信じられず、驚愕に目を見開く。何度も試みようとするが、その手は妻の体をすり抜け、空を掴むばかり。
募る焦りは、次第に絶望へと変わり、彼の顔を歪めた。
「何故触れられぬ、何故……」
その問いすらも誰にも届かず、空へと消えていった。
諦め、改めて周りを見回すと、枕元に座る妻の隣に娘の日菜子、乳母に抱かれた息子の興丸の姿が目に入る。
日菜子は、泣く母親を不思議そうに見詰めている。母の袖を引き言う。
「母上、どうして泣いているの? 父上は寝ているだけでしょう?」
凪子は日菜子を抱きしめ、ゆっくりと言った。
「父上はね、亡くなられたの。もう、お目覚めになることも、お話しすることもできないのよ」
更に娘を強く抱きしめる妻の言葉に、唖然とせざるを得ない。妻子には、己の姿は見えず、声も届いていなかった。
「凪子。日菜子」
何度訴えようと、妻子にその声が届くことはない。唇を噛み締めて、うつむく。
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