オーロラの夜

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 故あって同居している男とともに、朴葉は月の照らす夜道を歩いている。  同居するきっかけとなった、人ならざるモノに誘われて。  朴葉という男は、見かけは二十代半ばといったところか。若そうなのに何か言い回しがおっさん臭い。髪は肩につくかつかないかの長さで、いつもボサボサ。それを纏めるかのように帽子を被っている。  おしゃべりなくせに、自分の詳細についてはあまり語らない上、同居人が人の詮索をしないタイプだったので、彼の身の上は誰も把握していなかった。  わかっているのは、朴葉というのはどうやら偽名らしいこと。そして朴葉には、普通の人には見えないナニカが見え、それらとコンタクトが取れるということだ。後は、何処から手に入れてきたのか知らないが、その能力を活かす怪しげな小道具をいくつか持っている事くらい。  今日も何やら粉のようなものを使って、道行の足元を照らしていた。しかし今夜は、山道でも灯りが不要なほど月が明るい。このように、朴葉の能力は大して役に立たない事が多かった。 「すごいと思うよ、朴葉くんは。僕は君のお陰でお店を潰さずにすんだし、この箱があるから小糸ちゃんと話せるし」  同居人が証言するとおり、朴葉の能力は突出したものではあり、役立たずな事が多いからといって、本人は全く自分を卑下するようすはなかった。冷静に自分を評価しているとも言えるが、傍から見ると大して役に立ってもいないのに、大威張りで人の家に居座っている図々しい奴に見えないこともない。  ところで小糸ちゃんというのは、道案内をしている、人ならざるモノの名前だ。朴葉にしか姿は見えない。最初は朴葉の事を胡散臭い詐欺師と見なしていた同居人だったが、朴葉の小道具である木箱を使って小糸と会話し、見えざるモノが見える朴葉との共同生活をすっかり楽しんでいる様子だ。  今日だって、ノコノコと小糸の誘いにのって、こんな山の中に人間二人で赴いている。よく考えれば能天気にも程がある。一人は全くの一般人だし、朴葉も「見える」だけで戦闘力は何もない。小道具も昼行灯のようなものばかりだ。小糸に悪意があれば、あっという間にペロリと食べられてしまうようなシチュエーションである。  でも同居人はいそいそと、朴葉は怯えつつも誘いにのってここまで来た。  同居人は小糸に気に入られている。こういう時になんの疑いもなく、小糸に着いてくる同居人だから、気に入られているのだと朴葉は思う。  でも。でもなぁ。  朴葉は山道を歩きながら、かつて自分が言われた言葉を思い出している。  "私たちを、恐れないとダメ。"  そういえば、あの時も、こんな月の明るい夜だった。 「もう着くよ」  小糸が告げる。目的地に到着するようだ。下草をかき分け、そして目の前に広がる光景に、朴葉は息を飲む。    オーロラだ。    点在した儚い花から立ちのぼる命の息吹が、ゆらゆらと揺れながら七色にかがやいている。      小糸は、これを見せに僕たちを連れてきたのか。  でも、見えるものしか見えない同居人には、月光に照らされた、輝く命の帯は見えまい。 「……さんにも見せてあげたいなぁ」  思わず自分が口にした言葉に、また過去が蘇る。    一緒に行ける場所を一つだけ選ぶとしたら。そんな話をした事があった。  そういえば、オーロラが見える場所だと言ってたっけ。  "……くんにも、見せてあげたいなぁ"  彼女は世界中を旅していて、そんな彼女が一番に選ぶんだから、オーロラってそんなにすごいんだ、とその時は思っただけだった。  あれから時間を経たけれど、朴葉はまだ本物のオーロラを見た事がない。でも、今見ているこれは、多分彼女が見せたかったオーロラなんだろう、と思う。    彼女と一緒にオーロラを見るなんて事は、もう、絶対にないのだけれど。  その時、故あって同居している男が、瞳を輝かせて朴葉に、こう言った。       「いや、十分、僕にも見えてるよ」                    
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