創造の代償

1/3
前へ
/26ページ
次へ

創造の代償

 穏やかな草原。ほんの微かに盛り上がった丘の上に立つ大樹の木陰で、僕と彼女はうたたねをしていた。先に目覚めた僕は彼女をひざまくらしていて、その口端に浮いている涎を拭おうと指先をそこへやろうとしていた。それを遮るようにして、 「お初にお目にかかります、ソウジュ様」  見晴らしの良い草原で、ついさきほどまでそこには確かになかったはずの人影が、僕達の前に佇んでいる。元より木陰なのもあるしさらに太陽の位置からして逆光で、顔の印象がぼやける。ただ、口元に浮かべる笑みが、極めて特徴的だった。頬の筋肉を限界まで引きつらせたような、なんだか痛々しい作り笑いめいていたから。 「私の名はラーヴァイル。月の神・セレネーの後を継ぐ者です」 「……申し訳ないけれど、僕は起きがけは思考がぼーっとしてしまう体質でね……頭がしゃっきりするまでお待ちいただけるかな」 「もちろんですよ。時間のゆとりはいくらでもあるのですから、どうぞごゆっくり」  靄がかかったようは思考が晴れるのを待ちながら、僕はこれまでのことを思い出していた。  残念ながら、「感情(こころ)があるゆえの対立」は僕達が作り出した知的生命体……人間よりも先に、僕達(神々)の間で起こってしまった。  争い合った末にきょうだい達は一度、死んだ。僕だけを残して。  ひとりに戻った僕は長い時間呆然と立ち尽くすうちに、サーラ(沙羅)の木に姿を変えていた。その木が枯れてしばらく経ってから、人間に転生していた。  きょうだい達も僕と同じく人間に転生していたけれど、僕と違ってあの頃の記憶を持っていない。死に際に負った傷によって肉体と魂が切り離されてしまったせいで、記憶を失っているみたいだった。  エルの危惧していた通り、僕達(神々)を失ってからの人間は争いと罪を重ねていて、……僕達の最高神であったマリアさえ、今は虜囚の身になってしまった。人々の間で伝え聞く限りでは、待遇は良いとは言えない……。 「ソウジュ様。あなたは自分の選択の結果、マリア様やきょうだいが人間達の手によって貶められ、穢されていることに責任を感じておられますね。セレネーもまた、悔やんでおりました。ソウジュ様を想って、未来を知りすぎる苦痛に配慮しようとして。自分の視た運命のありのままではなく、曖昧な言葉を選んでしまったことを……マリア様がこのような目に遭うのだと知っていたら、ソウジュ様は同じ選択をしなかったのではないか、とね」
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加