契約書

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 母の死後、何かと世話を焼いてくれていた大叔母が病気がちになり疎遠になってから、色々なことが私を(さいな)み始めた。  借金を減らし、妹たちの普通の生活を維持するために私は身を粉にして働いた。  自室では内職もしたし、形だけ行っていた学校でもやっぱり内職した。  忙しすぎて友人なんか出来なかったし、もちろん恋愛なんて絵に描いた餅だ。  ただ、私が一生、こんな生活を送ったとしても、返済の目処はつかないのは分かっていた。だから、父に早めに隠居してもらって、私が全権を持ち別の事業を起こすことを考えていた。  幸い、私には一日中無理をして働ける若さがある。  きっとどこかに打てる手はまだあるはずだと、毎日自分に言い聞かせて、どうにか過ごしてきたのだ。  それなのに、成人してすぐに豪商に嫁がされるとなると、何かを画策する時間すら無いではないか。  救いだったのは、双子の妹たちが、貧しさにも負けずに愛らしく育っている事だ。  そんな妹達ももうすぐ学校に行くようになる。  今までは家にだけいたからどうにかなったが、学校にやるとなると、何かと現実が見えてくる。  妹たちは理由があって普通の学校には通えない。妹たちを安全に預けられる学校が必要だった。その為に我が家の出資で運営している学校を潰すわけにはいかないのだ。   私が嫁いでしまったら、学校はどうなってしまうのだろうか。豪商にすべてを取り上げられるのは目に見えている。  妹たちを無学にするのは危険だ。  この国の商家では、学のない娘は羊のように扱われる。  商家同士の友好のしるしとして、またはよりよい取引の為に、はたまた互いを裏切らない為の人質として、盛んに娘を嫁がせるという方法をとっている。  私のように身を売るような結婚を迫られることも珍しくない。  学術は必要だ。  学があれば自分で仕事を持てる。  妹たちの希望を潰すことはできない。    ――そんな時に見つけたのがカヤロナの商家との誓約書だった。  誓約書の存在を知った時、私は持っていた書類で父の頭を殴りつけた。少しくらいの暴力は許して欲しい。  その契約書は私が今まで見た中で、最高に破格の契約書だった。  娘を一人嫁がせるだけで消える借金。  肩代わりや、保留ではなく、借金が消え去るのだ。それなのに、どれ程の価値がある物なのか、父には見えぬらしい。
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