契約書

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 一刻も早く契約を終えなければならない。私の動きを豪商が知り、動き始める前に。 *****  国境付近は、針葉樹が多くなる。  濃い影からちらほらとこぼれる木漏れ日を見ながら、死ぬにはいい日だ、と独りごちる。  どうか、来世は裕福な家の飼い猫として生まれますように。  一日中寝て甘えてご飯たっぷり食べて、ひなたぼっことかしたいな。    夜逃げのように家を出たなんて、私も行動だけ見たら叔母達とかわらないな、と苦笑する。  すべて放り出して出ていった叔母たちを想った。    あの額の借金の対価としての結婚だ。私はよほど酷い扱いを受けるのだろう。   私の命はもはや自分の物ではない。命が尽きるまで苦しみぬくのだろうが、それはそれで構わない。  むしろ、もう働かなくてもいいことにほっとしたような、今までの疲労感をすべて死が包み込んでくれるのだという満足感を感じた。  自分で自分の命を終わらせる自由まである。  馬車の中で漫然(まんぜん)と自分の死を受け入れる。そうすると、ふと笑ってしまうような思い付きが降ってきた。  (私の命が尽きる時に、叔母の目の前で首を吊ってやるのはどうかしら)    それは素晴らしい思い付きのように思えた。   色々な事情があったのはわかる。  叔母達だって自分の身可愛さに家を飛び出たのだ。  しかし、残された母は、叔母が残した負債の為に、さほど強くなかった体を酷使した。  私は死んで本望だが、その前に少しばかりの意地悪を叔母達にしても許されるのではないだろうか。  せっかく死ぬのだから、そのことを有効活用しないのは惜しい。  根っからの貧乏性が、自分の死すら何かに使えないかと考えさせた。  恨み言を言いながら、叔母たちの前で首を吊るくらい、いいではないか。   (そうだ、しよう。そうしよう)  親子ほども歳の違う相手に手篭めにされ、売女扱いされ、悲劇か、怪談の原作になりそうな悲惨な目にあってから、ボロボロの姿で叔母の所を訪ねてやろう。  早世した母の無念と不安を、少しでも分けてやりたい。    馬鹿馬鹿しい思いつきなのはわかっているけれど、叔母たちがしばらく食事が喉を通らないような苦い気持ちになればいい。  それで私はなんの未練もない。 ***********    この大陸にはいくつかの国が存在する。
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