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南にダルターンと北にカヤロナに挟まれた我が国シュロは、何度も国境が引き直された過去がある。
元々一つの国であったが、侵略、統合、合併、その当時の政局によって国は形を変え続けてきた。
シュロ国が鉱物資源の豊富なカヤロナ国を欲し、進軍したのは今は昔。
しばらくは穏やかな関係が続いているが、戦争に兵として出陣した世代は蛇蝎のごとくカヤロナを嫌う。
こちらから攻め入ったのに、嫌悪するなんて――とも思うが、手酷く反撃にあった事に尾ひれがついて魔物の様な評判となっている。
国境を越えるのは意外な程に簡単だった。
結婚の誓約書のおかげで国境を守る兵士に憐憫に満ちた表情を向けられたが、難なくカヤロナへの入国を許可された。
さながら私は魔物に嫁ぐ生贄のように見えるのだろう。
まぁ、状況はそんなものだが、私の心は清々しさが占めている。
国境からは針葉樹林の森が増えてくる。
深い緑の清廉な空気を吸い込み、何度目かの乗り継ぎ馬車の駅で待つ。
この先に王都がある。
王都から少し離れた郊外の一角に商家の屋敷があるという。
誰に聞いても、行けばすぐわかると言う。
そして皆一様に眉をひそめ、あそこに行くのかい? と聞き返す。
父の代くらいの年齢の人は戦争の記憶からカヤロナ人を嫌がる人もいたが、それでもこんなにあからさまな嫌悪を見ることは稀だった。
カヤロナ人同士でも、そんなに嫌悪される商売人なのだろうか。
案外、私の立てた死への計画はすんなりと実行できるのかもしれない。そう思うと、長旅で疲れた足取りは不思議と軽くなるのだった。
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