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「……大変有難いお言葉ですが、私はそちらに借金を都合していただく身。そのようにして頂いては誓約書よりこちらに利が多く出ます」
恐縮して続ける。
「あまり契約書の筋から離れるのは如何なものかと……できれば、そちらにとって私が幾らかでも利となるような――つまり、一番私が嫁いで都合の良いような、その、結婚の相手を選ぶのが困難な方をお選び頂けませんでしょうか」
売れ残りの、持て余されたどうしようもない人をお願いします、ってことだ。
ここの家にだって一人ぐらい、いるのではないだろうか。
嫁の来手のないようなダメな人が。
「本当にそれでよろしいのですか? こちらとしてはあなたに契約書など関係なく家族として快適に生活を送って欲しいと願っているのですが」
何を思うのか、優しく諭すように話すトムズの瞳は、この国特有なのか、緑色の虹彩に血を溶いたような色が混ざっている。
若い頃はさぞモテたにたがいない。
美しい瞳の色は妖艶にも見える。
先の戦争で鬼や悪魔の様な言われ方をしたのも、その瞳のせいかもしれない。
とにかく、私限定で悪鬼の所業をはたらく酷い夫を宜しくお願いします。
枯れた私の最期にふさわしい感じで。
「はい。勿体ないお言葉ですが、契約書通りによろしくお願い致します。もしここにお世話が必要な方がいらっしゃらないなら、それ相応の代金に見合うような場所に私をお売りいただいても構いません。――お代には到底見合わないでしょうが、私は契約書通り借金が返済できるのであればどのような処遇も厭いませんので」
トムズは難しい顔をして、髭を捻った。
少しの沈黙のあと、頬を緩ませてトムズはこう告げた。
「それでは……そこに居ります、ヒースなど如何でしょう?」
それに答えたのは、トムズを椅子に座らせてからは部屋の隅で何やら事務仕事のようなことをしていた男だ。
「――は? 俺ですか?」
鳩が豆鉄砲くらったような顔って、こういう顔のことをいうのかな。
名指しされた男は手を止めてこちらに顔だけを向けた。
改めて、男をまじまじと見る。
先ほど外から招き入れられた時には見なかった顔だ。
見開いた榛色の目はトムズよりかなり赤みが強い。
赤みというか、すごく深い赤色が虹彩に散りばめられ瞳孔を彩っている。
――不思議な色だな。
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