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灰褐色の髪は地味に後ろに撫で付けられているが、柔らかそうに緩く波打っている。
しゃんと伸びた背、力仕事をしなければ付かないであろう無駄のない筋肉、整った顔に浮かんだ素直な表情がつくる雰囲気だって、ちっとも悪い人に見えない。
あ、持っていた書類を盛大に落とした。
手袋して書類の整理なんて非効率的なことを……。
落とした書類には目もくれず、こちらを見ている。
(目も口も開けっ放しよ。閉じて、閉じて)
すると、その見開いた目と目が合った。
(わぁ、どうしよう)
そんな綺麗な顔して、頬を染めないで欲しい。
いたたまれなくなって、慌てて目をそらし、下を向く。
――だ、だめだ。
いくら色恋沙汰に関係ない生活をしてきた私にだって、好みくらいある。
このひとの容姿は、私の好みのど真ん中を行く。
(理想が服を着てる)
これで酷い性格だったとしても、とても死にたいほど不幸になれるとはおもえない。
借金はどうにかしたいが、私はここで幸せになってはならないのだ。
それに、私だけが甘い蜜を吸って、その後、彼を私の非生産的な復讐の巻き添えにするなんて、申し訳なさすぎる。
当主はいったい何を考えているのだろう。
正気だとは思えない。
いきなり好条件な人を推してこないで欲しい!
「あの……そ、その方だけは……じ、辞退させて頂けませんでしょうか」
私はどうにかこうにかその勿体ない申し出をお断りした。
こういう時に、はったりは効く方だが、さすがに動揺を隠せない。
「あの、ですからね、先程も申し上げた通り、この方と添わせて頂いても、私が契約分お役に立てるとは思えません。私などは、どなたか、ご当主もお困りの方と役目を果たすのが妥当かと」
頭を下げなから早口で謝罪する。
「ええっ??」
さっきよりも驚いた声が響く。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
悪気はないんです。
私はもっと酷そうな人と連れ添わないと、契約を果たせないのです。
ほっほっほっと、トムズは笑う。
「そうですか。では、時間をおきまして、こちらでも考えてみましょう。夕食の食卓で家人を紹介いたしますから、どうかご懇意に」
思案顔で笑い続けるトムズはそれ以上何も問いただすこともなく、ヒースに部屋の手配を指示した。
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