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ドジっ子か……
私が持ち込んだ荷物は少ない。
数日分の服と、下着、母の形見。
その他に持ち出す物もなかったし、未練も無かった。
私のこぢんまりとした旅行鞄は、今は先を歩くヒースの手の中だ。
唯一の所有物を奪われ、いや、親切に運んでくれているのだが……所在無いやら申し訳ないやらで話も弾まない。
さっきのは、咄嗟のことで言葉が足りなかったかもしれない。
ヒースに傷ついたような顔をさせてしまった。
「当座はこの客間を使ってください。必要なものがありましたら、遠慮なく申し出てくださって結構ですから」
(こちらを見ないのはさすがに大人気ないですよ)
そう思っても、こちらが加害者になったようなものだ。
「はい、お世話になります」
「……」
気まずい沈黙が流れ、耐えられずに口火を切る。
「――あの、ヒースさん、先程は大変失礼を致しました。あなたのことが気に入らないとかじゃないんです……ただ、本当に申し訳なくて」
まぁ、嫌われておいてもいいのだけれど、嫁ぎ先が決まる前に敵が多くなるのも悪手だ。
叔母たちの所在を突き止める必要もあるし、全てを敵にしておくのは避けたい。
――というのは建前で、この人を傷つけたままでいるのは良心が咎める。
「敬称は不要だ、ヒースでいい。その件については気にしないで欲しい……当然のことだ」
やっぱり、割と傷ついた顔していらっしゃいますね。
「いえ、本当に、なんて言ったらいいか。せっかく高額の借金と引換えて頂いたのですから、もっと私をこの家に都合の良い使い方をして頂いた方が良いのです」
私の相手には、金を払って爆弾処理させたいくらいの人を寄越してほしいだけなのに。
「それなのに、あなたのような、将来有望な方と添わせていただくなんて。勿体なくて気が引けて、気が引けて――。ヒースさんなら私のような者でなくとも引く手数多でございましょうに」
この人の良さそうな青年は、驚いた顔でこちらを見ると、くっきりとした眉根を寄せる。
「本気で言っているのか? バロッキーで、その上この目だぞ?」
俺に嫁ぐ女がこの国にいるものか、と自嘲気味につぶやく。
(……そんなの知らないけど)
「君はこの家について何も知らないのか?」
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