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「叔母様、このような瞳でも、死ねない理由があればどのようにでも生きられるものです」
「そう。ヘレネは⋯⋯サリも、さぞ苦労したんでしょうね」
この人のねぎらいの言葉は、私には何も響いてこない。
だって、この人は私と母がどの様に生きてきたか、どれほど慈しまれて育ったか、何も知らないのだから。
私だってこの人がどう生きてきたのか、全く知らないからお相子だけれど。
「貴方が私の人生を哀れむとしたら、それは幻です。だって、私とあなたには何の繋がりもないのですから」
言ってみて、私は唖然とする。
私と母にだって死んだ後も縛り続けるような繋がりなんて、無かったのかも知れない。
私と母が共にした愛しい時間は、あの時に確かに終わってしまったのだから。
それは寂しいことだけれど、私たちはもう、すっかり別れが済んでいた。
そこから先は私一人の感情によるもので⋯⋯。
叔母が母の亡霊を夢で見るのも、私が母の無念を晴らそうとするのも、どちらも母とは関係のない事だ。
私が頼りにしていた「母の無念」という幻が、自ら叔母にかけた言葉によって急速に色褪せ始める。
母様は無念だとか憎いとか、そんな事は一言も言っていなかった。
⋯⋯じゃぁ、母様はなんと言っていた?
私は背筋を伸ばして叔母の前に立つ。
にっこりと笑って。
「こちらがおばさまが嫁ぐはずだったジェームズさんですよ。恐ろしい程の美貌でしょう? しかも大変な資産家なのですよ。今は愛する奥様と子どもたちに囲まれて幸せに暮らしています。叔母様が来なくても、バロッキー家は何も困る事はなかったのですよ。逃げ出して損をしましたね、おばさまも幸せに暮らせたかも知れないのに」
幻想は取り払ってしまおう。
だって、ここには叔母が恐れていたものも、私が思い描いていた地獄も何もなかったのだから。
「それから、こちらが私の恋人で婚約者です。私がここに来る権利を叔母さまが譲ってくれたので、私は今、とても幸せです。たいへん仲睦まじくしておりますので、何も気にして頂く事はありません。父も妹たちも元気にしていますわ。おばさまも、お元気で。さようなら」
そうして私の悪い夢は終わるのだ。
「レトさん、叔母を元の場所まで送って頂けますか?」
「⋯⋯その、それだけで気が晴れますか? この方、借金を担わずに逃げたのでしょう?」
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