【十六年前の嵐の夜】

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 商家では家の繋がりを強めるための結婚が多く、年の離れた相手に嫁いだり、(めかけ)として養われたりすることは珍しくない。  アニーも父の持ってくる縁談で構わないと思っていた。しかし、アニーにとってカヤロナ国に嫁ぐのは納得のいくことではない。カヤロナ国とは何度も戦争が起きている敵国であるし、恐ろしい魔物がいるという噂まで出回っていた。  よくわからない怖ろしいものに怯える傾向のあるアニーにとっては、カヤロナに嫁ぐのは、魔界に嫁ぐのと同義だった。  アニーは姉を憐れみはしたが、まさか自分がその契約を担うなんて一片も考えつかなかったのだ。    姉を憐れんでいられたのは、姉が結婚を決めてくるまでだった。  姉が婚約者だと連れてきた男は、アニーに言い寄ってきていた男だった。アニーが交際を考えていた男を、姉は婚約者として紹介してきたのだ。  さらに、悪びれる様子もなく、子供が産まれることをアニーに報告する二人の朗らかな顔を見て、姉に出し抜かれたのだとやっと理解した。  姉はアニーほど美しくはないが、謀略に長けていた。  その頃を境にアニーが密かに恋心を抱いていた商家の三男がひどく侮蔑(ぶべつ)を込めた目でアニーを見るようになり、初恋だった従兄弟は、アニーと急に目を合わせなくなった。  仲の良かった幼馴染が青い顔をしてもう会わないと言ってきた頃には、反駁(はんばく)する気もなく、もう仕方がないな、くらいにしか思えなかった。  (この家を出よう)  そう思うと、未来が明るくなったように感じた。    アニーがカヤロナ国へ嫁ぐことが伝達されると、カヤロナからは準備金が送られてきた。  驚くほどの額だった。  娘が外国に嫁ぐ約束をしてきてしまったトビーはアニーに負い目がある。アニーに()われるまま準備金を全てアニーに渡してしまったことが事態を悪化させた。  嫁入りのための準備金であったのに、アニーは昔に戻ったように、いやそれ以上にじゃぶじゃぶと浪費した。使い切ったころには、なけなしのトーウェン家の金まで使いこんでいた。 (どうせここから逃げ出すのだ、少しぐらいその前に楽しい思いをしてもかまわないだろう)  そう思えば、金を使ってしまった後の事は何も気にならなくなった。  もともと、アニーはトーウェン家に身の置き所が無いと感じていた。
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