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門から屋敷までの道のりは長い。
およそ手入れをしているとは思えない、鬱蒼とした木々が行く手を塞いでいる。
訪れるものを拒むように森が続き、曲がりくねった道の先は見えない。
(商家なんて、客商売なのになぁ)
などと、のんきなことを考えて足を動かすが、まだ先が見えない。
入口が何処なのかも知れない、外部からの来訪者を嫌がるようなこの庭に、私のそう長くないはずの未来を重ねる。
まぁ、私のような迷惑な客人には相応しいのだ。
大昔の約束を、当事者でもない世代に突きつけるわけで、招かれざる客に違いない。
相手にとって到底飲み込めないような要求を掲げているのに、私が単独で外国であるカヤロナ国に乗り込んできたのは、商人にとって契約書が何より重いからだ。
この大陸の商人達は、紙面上の取り決めを極力、尊重する。
信用を失えば職を失うのがこの辺りの国々の商人の常識だ。
私は不遜にも、この家の商人としての良識を逆手に、古びた契約書片手に押しかけるつもりなのだ。
契約書通りに利のやり取りを恙無く行う事が商人に求められる事だから、例えそれが不利益だろうが、不平等だろうが約束事は果たされる。
それを頼みの綱にやってきたのだから、借金帳消しの所だけは呑んでもらわなければ。
本来、私一人が身を売ったところで、どうやっても払いきれないような額の借金なのだ。
それを結婚で帳消しにしてくれるなんて、破格の申し出だと思う。
祖父もカヤロナの商家も、どうして麦の穂で城を買う様な契約を交わしてしまったのやら。
祖父に温情をかけたようには見えないし、そもそも取引だって、後にも先にも飢饉の時の一度限りで、親交も無い……。
どうして紙面にしてまで、こんな契約を残したのか。
疑問はあるが、とにかく行ってみないことには話が進まない。
長い道の先に、石造りの美しい屋敷があった。
左右対称に建てられた屋敷の他にも何棟か建物が並ぶ。
森の入口で使用人と名乗る人に先触れをしてもらっていたので、遠慮なく叩き金をドアにたたきつけ来訪を知らせる。
しばらくすると、少し軋む音をたてて、バタバタと足音が聞こえ、厚い扉が内側に開かれた。
そこには、顔、顔、顔、顔。
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