なんでもない

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なんでもない

 会社で知り合った同期の人。  好きなミュージシャンが同じで仲良くなり、よく仕事の帰りに一緒にライブへ行っていたこと。  一緒にいると楽しくて。  仕事が行き詰まった時は相談して助けたり助けて貰ったり。  なんとなく、ずっと隣にいると思っていた。  お互いに、言わなくても気持ちは同じなんだと勝手に思い込んでいた。  けれども、友人以上の感情を持っていたのは自分だけだった。  思いを伝えることもなく、彼は別の女性と結婚してしまった。    掻い摘むとそんなふうなコト。  感情が上がり下がりしながら話があっちこっちと脱線するし、時系列も無茶苦茶で、ただ聞く方は苦痛だったかもしれない。  湊斗は時々「へー」とか「ふーん」とか興味なさそうな相槌をしながらも、話を遮らずアドバイスするでもなく、黙って聞いていてくれていた。 「……で?」 「で?……って……」 「気が済んだか?」 「はぁ。……湊斗は相変わらず塩対応やな」 「お、やっと戻った」 「は?」 「方言」 「うん?そう?」 「おめー、ずっと標準語で気持ち悪かった。好きやったそいつに合わせてたんか?」 「なっ!み……湊斗こそ、大阪から帰ってきてから変に混ざってて、もはやどこの人か分からんわ!」 「そうか?自分では分からんもんやな」  そう言って白い歯を見せて笑う湊斗。  ……あれ?  湊斗ってこんなに爽やかなヤツだったっけ?  ……いや、いや、爽やかではないな。  Tシャツにも汗が染みて汗臭いし。  ピッタリ肌に貼り付いた白いTシャツ越しに、鍛えられた胸筋の形がはっきりとわかる。腕も、がっしりと逞ましい……。  ダメだ。  まだ酔っている。  湊斗が男に見える。  私、欲求不満なんだろうか。  思わず目を逸らした。 「ごちそうさま。帰るわ」 「ん。なら送ってく」 「そういえば湊斗、私があの岩場で時々泣いてたの、いつから知ってたの?」 「小6ん時から」 「うわ。それほとんど最初からだ」 「おめー、聞こえんと思ってるかもしれんけど、たまに風向きで聞こえてるからな」 「えっ!ウソ」 「あんまり放送禁止用語叫ぶな?」 「はぁ〜。湊斗にはみっともない所全部見られてるやん」 「結月が勝手に曝け出しとるんじゃ」 「……ねぇ湊斗。このまま30歳になってもお互い誰も相手がいなかったら結婚してよ」  帰り道、並んで歩きながらふざけて言ってみた。 「おう」  返事軽いわ〜。  女として見られてないのがよくわかる。 「ありがと」 「別に30まで待たんでもええよ」 「え?」 「塩屋でよければ俺んとこ来いや」 「年収は?」 「あー、そりゃ結月ん所の外資系IT企業に比べたらショボいわ。ブランドもんのバッグとかバカバカ買うてはやれん」 「じゃあないわ」 「キッツ」 「ふふっ、冗談や。今日はありがと。聞いて貰ったらなんかスッキリした」 「ほーか」 「ラーメンまた食べに行って良い?」 「おう」  塩の釜炊き小屋から家までは歩いてほんの10分ほど。  ちょっとした話をする間に結月の自宅前まで到着した。 「……俺は冗談のつもりやないけど」 「え?なんか言った?」 「何でもない。はよ家入ってメイク落とせ」 「はいはい。送ってくれてありがと。湊斗、塩作り頑張ってな」 「おう。またな」    あの満月の夜、湊斗が小声で呟いた言葉を本当に知るのは、もう少し先のお話。 ーFIN。
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