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湊斗
ひとしきり泣いて叫んで気が済んだら、自宅へ向かって歩き始めた。
少し歩くと波の音とは違う、別の水音が聞こえてきた。
岩場が入り組んでいる場所の側に、ポツンと古い小屋のような建物がある。
その建物の外に、誰かいる。
その人は桶で海水を汲んでは、建物のそばにある別の大きな桶まで運んで移し替えている。
月に照らされた青白いシルエットがせっせと行ったり来たりしていた。
自分なら、あの桶一つ持ち上げるだけで精一杯だと思うが、その人は肩に渡した棒の先に、なみなみと海水を入れた桶を二つも吊り下げて軽々と運んでいく。
誰にも見られず褒められるでもない作業を、淡々と、真面目に、繰り返す姿からなぜか目が離せなかった。
その人の正体が誰かはわかっていたけれど、声をかけるつもりはない。こんな顔、誰にも見られたくないというのもあるが、ひたむきな様子に声をかけられなかった。
しばらく眺めていて、そっと気付かれないように立ち去ろうとした。
「結月か?」
「……違います。人違いです」
「結月やないか。また泣いてたんか?」
「また?」
向こうがこっちに気付き、持っていた桶の中の海水を大きな桶に移し替えて、近付いてきた。
「おめー、やなコトあると、いつもここ来て泣いてるやろ」
満月の光で浮かびあがった顔は幼い頃からよく知る。
「湊斗……何してんの?」
「何って、仕事や。今日は満月やでな」
「満月の、夜に、海水汲むの?」
「おう。いつもは早朝やけどな。満月の日は引力の関係で海水にミネラルが豊富に含まれて良い塩になる。特別な塩や」
「ふーん」
湊斗の家は、昔ながらの製法で塩作りをやっている。
湊斗のおじいちゃんがずっと一人でやっていたが、最近になって都会から帰ってきた孫の湊斗が手伝っている。
「ふーんて。昔からウチの塩使ってるのに知らんかったんか。まあ、俺もじーちゃんの受け売りやけどな。お前こそこんな夜更けに若い女が一人で泣きながら海辺ほっつき歩いて。自殺でもするんかと勘違いされっぞ」
「そう思って声かけてくれたの?」
「そんなタマじゃないやろ」
「優しくない」
「男に振られたんか?」
「な、そんな直球で聞く?」
「図星か」
「振られたんじゃない。……そこまでいってない。勝手に終わった」
言いながらまた涙が出てきた。
「ふーん」
「ふーんて!もうちょっと、優しい言葉かけるとか!」
「可哀想にな」
「なんか違う」
「偉そうやな」
「もういい」
立ち去ろうとしたら腕を掴まれた。
「ちょっと待て。送ってく。こんな夜中に、いくら田舎でも危ないやろ」
「別にいい。仕事の邪魔してごめん」
「熊出るかもしれんやろ」
この辺りでは、変質者よりも野生動物との遭遇の方が確率が高い。
「今の時期なら大丈夫……」
言いかけた時、盛大にお腹が鳴った。
「うはは!すげ〜音!腹減ってんのか」
幼馴染とはいえさすがに恥ずかしくて、無視して帰ろうとした。
「待てって。ラーメン食わん?」
「はぁ?仕事中でしょ?」
「ちょうど終わったとこや」
「でもこんな時間にやってるお店なんて」
「アホか。店なんか行かんわ。俺が作ってやる。ウチの塩使った塩ラーメン、自分で言うのも何やけど美味いで?」
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