白蛇様と生贄の乙女

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   お願いいたします。  後生ですから私を食べてください。  そうでないと、あなた様は死んでしまいます。  ☆  百年に一度、白蛇様は生贄を必要とする。  それは戦坂家の乙女でなければならない。  私は生まれた時から生贄として生きることを教えられた。  そして今日、私は白蛇様の住まう谷へやってきた。 「……私は人間など食わん。絶対食わんからな」  白蛇様は人間と大差ないお姿をされてました。   村で伝わっている通りです。 「お館様。どうか、生贄の娘を食べてください。そうでないと、あなたは力を得られず死んでしまいます」 「白蛇様。あなた様にとって私は魅力的な生贄ではないでしょう。けれども生まれた時からあなた様の生贄になるために、色々なことを教えられてきました。どうか、私を食べてください」 「食べん。どうして私が人間などを食わんといかんのだ!」  白蛇様の館にきて一週間、このようなやりとりが毎日続いています。  御付きの方、おそらくお蛙様なのでしょう。少々お肌が緑色でつるつる、目が離れていて、小柄です。時折見える舌が桃色です。  その方も、必死に白蛇様へ私を食べるように言ってくださるのですが、聞いてくださりません。  一週間もいて、私は暇なので、家で習った白蛇様の好物料理を作ります。  私のことは食べないのですが、食欲はあるらしく作った料理はすべて食べてくださります。  それでも、私を食べないことで、少々目の下に隈ができている気がするのです。 「人間。どうしてお前は私の好物を知っている」 「私の名前は鮎(あゆ)です。そう呼んでくださればお答えします」 「鮎(あゆ)とな。お前の名は私の好物の魚の名ではないか」 「よく気がついてくださいました。代々生贄の乙女には魚の名前が付けられることになっているのですよ」 「そうか。難儀だな」  白蛇様は百年ごとに代替わりする。  その度に生贄が必要になる。  現在の白蛇様も眠りから覚めたばかりで、前の白蛇様のことや我が村のことはよく知らないようです。 「鮎(あゆ)と呼んでください。そうしたらお話しいたします」 「……鮎(あゆ)」 「呼んでくださいましたね。代々我が村の戦坂家では、白蛇様の好物料理を作れるように教えられます。特に生贄になった娘には念入りに教え込まれます」 「念入りに……。難儀なものだな」 「そうでもございません。白蛇様は私の料理を喜んで食べてくださいました。とても嬉しいです」 「お前は、なぜそう嬉しそうなのだ。私が怖くないのか?」 「怖いなど。とんでもございません。私は幼い時からあなた様の生贄になることを教えられ、その日がくるのを待っておりました」 「愚かなものだな」  白蛇様は今まで一番大きな声を出したかと思うと、どろんっと大きな蛇に姿を変えられました。  家でみた絵巻と同じ、美しい姿です。 「白蛇様。とても美しいです」 「お前は、本当に怖くないのか?」 「ええ。触ってもよろしいですか?とてもつるつるしてそうです」 「触りたければ触れ」 「それでは。おお、なんという滑らかな肌触り」 「さ、触りすぎだ」  白蛇様はどろんとまた変身し、人間に戻ってしまいました。  裸ではなく着物は着てらしゃったのでほっとしました。  それから二週間がすぎて、白蛇様はとうとう起き上がれなくなってしまいました。 「もうこうなったら力づくしかありません」 「……鮎(あゆ)様、何卒よろしくお願いします」  力づくなどとお恥ずかしい。  けれども、白蛇様の体が万全ではない場合、私が頑張らねばならないのです。  大丈夫です。  こういう可能性もあるかもしれないと、戦坂のお婆さまが教えてくださいました。 「あ、鮎(あゆ)。お前は何をしてるのだ!」  白蛇様は大変動揺されておりました。  先に白蛇様の着物を脱がして差し上げればよかったのでしょうか?  けれども、白蛇様は布団の上で体を起こすのも大変そうでございます。 「私を食べてくださいませ」 「だから、なぜ着物を脱ぐのだ」 「脱がなけれが難しいでしょう?」 「き、着物は流石に食べれないが」 「勿論でございます。さあ、白蛇様、据え膳食わぬは男の恥でございます」 「あ?」 「私は細かいことはよく覚えていないのです。白蛇様が教えてくださると、お婆さまもおっしゃったし。着物を脱げば、後はしてくださると。もしかして私が何かしなければならないのでしょうか?」 「お、お前、何を言っている。食うとは、もしかしてそういう意味なのか?」 「そういう意味とは?」 「だから、だから、抱くという意味だ」 「その通りでございますよ。白蛇様。何を今更でございます。今期の白蛇様は大変照れ屋でございますね。戦坂の乙女は、乙女でなくなると一旦実家に戻るのですが、その際に代々の白蛇様の行為を皆につた」 「いいか、私のことは絶対話すなよ。わかった。今わかった。私はお前を食ってやる。だから、大人しくしろ」 「白蛇様?どうなされました。急に元気になられたみたいですが」 「私に任せておけ」  その日、私は見事に生贄の役目を果たしました。  瀕死であった白蛇様はなぜか急に元気になられて、実家に帰れたのはそれから一週間後でした。  白蛇様の行為については、口止めされていたので、皆には話しておりません。  一週間ほど村に戻った後、再び白蛇様の元へ帰りました。  それから、私たちは祝言をあげます。  半年ほどしてから、次の白蛇様の卵を授かりました。  次代の白蛇様は生贄の乙女が卵で産み落としてから、ゆったりと百年近くかけて、卵の中で成長されます。  我が息子が卵から出てくるところを見ることは叶いませんが、きっと今の白蛇様と同じく美しい方に違いありません。  我が戦坂の家は、代々生贄を輩出する一家。けれどもそれが乙女にとって悲劇だったことは、今まで一度もありませんでした。  私もそうでしたし、これからもそうでしょう。 (めでたし、めでたし)
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