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大嫌いだったのに
私――上村朱里は上司が大嫌いだ。
上司とは、部長の速水尊の事だ。
理由は単純で、彼が私の逆鱗に触れる事を言ったからだ。
私には高校生から付き合っていた彼氏の田村昭人がいて、二十五歳の誕生日まで十年弱の付き合いをしていた。
中学生からの親友の中村恵からは「いつプロポーズされるんだろうね」と言われ、私自身も期待していた。
けれどその期待は、あっけなく裏切られる事となる。
『俺、もうお前のこと女として見られないわ』
何も誕生日に言わなくてもいいじゃない!
確かにここ数年、レスになっていたと思う。
昭人は私を大事にしてくれ、ラブラブカップルではなかったけれど、熟年夫婦のような雰囲気を醸し出す恋人だと思っていた。
彼と初めてセックスをしたのは大学二年の夏だ。
気持ちいい――と思えなかったし、『まぁこんなものか』と思った。
それからも、昭人に求められてセックスする事はあったけれど、やっぱり気持ちいいとは思えなかった。
『痛いからあんまりしたくないんだよね』と正直に言うと、彼は『そうか』と言って理解を示してくれた。
そのあとは無理に求められる事もなくなり、それが彼の愛情、私たちカップルの在り方だと思っていた。
私はセックスをしなくても平気だった。
――けれど男という生き物は、そうじゃなかったようだ。
私の二十五歳の誕生日に、昭人から『女として見ていない』と言われ、『じゃあ別れよ』と円満に別れたつもりだった。
だがほどなくして、恵から『あいつすぐに彼女作ったみたい。ラブホから出てきたの見ちゃった』と報告を受けた。
結局、私がセックスに応じなかったのが悪かった――ようだ。
私が昭人にフラれたのは、街がクリスマスムード一色になっている、十二月一日の事だ。
そのあと、私はずーっとムカムカイライラして過ごしていた。
仕事に支障はでないようにしていたけれど、思いだしては落ち込んで、休憩時間にデスクに突っ伏して負のオーラをまき散らしていたから、部長が私を気にしたらしい。
『どうした? 上村。最近様子がおかしいと、部署のやつが言っていたけど』
昼休みに社食で恵とランチを食べ、グダグダと話していたら部長に話しかけられた。
いつもの私なら、『プライベートを上司に言うなんてありえない』と思っていただろう。
けれど昭人に別れを告げられてから、半年経っても思いだし泣きしている私は、多分普通の状態ではなかった。
『聞いてくださいよ……』
私は半分ヤケになり、部長に昭人への文句を言う。
すると、あっけらかんと言われた。
『そりゃ、お前にも原因があるんじゃないか? 二十代の男っていったら、やりたい盛りだろ』
知ったような口をきかれて、ムッカァ……としてしまった。
もともと部長の事はあまり好きじゃなかったけど、これで完全に大嫌いになった。
『部長もシングルらしいですけど、お相手ができたらいいですね』
私はツンとして言い返し、恵と一緒に社食をあとにした。
(なにさ、部長だって仕事一筋で恋人がいないって言ってたくせに。私が傷心だって聞いて話しかけてきたなら、もっと気遣ってくれてもいいと思うけど。なんのために話しかけてきたの?)
昭人は私の気持ちを察してくれる、優しい人だった。
もともと私の男性のタイプは、グイグイくる人より、一緒にいてのんびりできるタイプだ。
部長は仕事はできるだろうけど、一緒にいて気持ちが安らげる人とは思えない。
感情を露わにせず、何を考えてるか分からないし、いつも不機嫌そうな雰囲気があって恐い。
(あいつ、絶対モテないわ。イケメンで一見モテそうだけど、本当に想ってくれる人はいなさそう。はい、決定~)
私はムカムカして心の中でそう決めつけ、ズカズカと廊下を進んだ。
**
一年後の十一月三十日。
昭人にフラれた誕生日前日になっても、まだ私には恋人がいない。
いっぽうで昭人は、私と別れてすぐ付き合った女と結婚するらしい。
この情報は恵ではない別の友達から聞いて、私は地味に大ダメージを受けた。
恵は私を気遣って言わなかったんだろうし、昭人にいたってはもう私に連絡する気もなかっただろう。
けど、学生時代から付き合っていたから、嫌でも噂は流れてくる。
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