大嫌いだったのに

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(……どうしてこうなったの……。しかも明日私の誕生日なんですが)  心の中で愚痴ったまま、私は放心状態で知らないバーに入った。  勤めている会社は日本橋にあり、仕事が終わったあとヤケクソになって一人でステーキを食べたあと、とにかく飲もうと思って目についたバーに入った。  私はカッパカッパとお酒を空け、気が付けば四十がらみのマスターにぐだぐだと絡んでいた。 「最悪じゃないです? 友達みんなから、どう思われてるか……」  顔を真っ赤にさせた私は、うぐうぐ泣きながらマスターに訴える。  マスターは黙って聞いてくれていたけれど、――後ろから誰かにガッシ、と頭を掴まれた。 「ふぇっ!?」  なにごと!? 「おい、いい加減にしろ。いい恥さらしだ」  舌打ちして私の頭を解放したのは、速見部長だ。 「……なんれ部長がここにいるんれすか」  私は呂律のまわっていない声で尋ね、トロンとした目で彼を睨む。 「ここは俺の行きつけだ」  部長は私の頭をグシャリと撫で、マスターに向かって「こいつの会計をお願いします」と言って財布からカードを取り出した。 「やぁ……。わらしが飲んらんれすから、わらしが払うんれす。人の金をとるな!」 「……バカか。とりあえず水を飲め」  そう言って部長はマスターにチェイサーを頼み、私に飲ませる。  そのあと彼は溜め息をつき、私の肩をグイッと抱いて立たせた。 「……馴染みの店で飲もうと思ったら、部下がくだ巻いてるなんてどんな巡り合わせだ」  彼は口元でボソッと呟き、会計が終わったあと私を大きな通りまで引きずるようにして歩く。  やがて部長はタクシーを拾うと、私を後部座席に押し込んだ。 「おい、住所は?」 「んん~……」  眠たい。  私は目をシバシバさせながら、自宅住所を運転手さんに伝える。  運転手さんが返事をしたあと、タクシーはネオンが輝く夜の東京を走った。  私は冷たい窓におでこを押しつけ、車窓の景色をぼんやりと眺める。  バーを出る前に部長にしこたま水を飲まされたからか、だんだん酔いが醒めてきた。 「……だって、女として見られないって言われたんです」  我ながら、何が「だって」なのか分からない。 「誰に」  部長の口調はいつもこうだ。  質問をする時も、語尾を上げない。  温度の低い声で淡々と尋ね、大体の答えに対し「そうか」と頷く。  だからこの人、よく「怖い」って言われている。  なのにまったく取り合わず、自分を良く見せようともしない。  見た目は悪くないし、収入だってあると思う。  その気になれば女性を取っ替え引っ替えできるのに、まったく女っ気がない。  その上こんなに素っ気ないんだから、「勿体ないなぁ」と思う時がたまにある。本当にたまに。  男性の先輩の話では、よく行ってる小料理屋はあるらしい。  そこのしっとりとした雰囲気の女将さんとは仲がいいらしいけれど、彼女は結婚していてまったくそういう関係ではないとか。  だから彼の女性関係については、まったく謎のままだった。 『部長って案外ゲイなんじゃない?』  社員の中には、そう噂する人もいるほどだ。 「……彼氏……だった人にですよ。高校生から付き合っていたから、もう女として見られなかったんじゃないです? それに私が……そのー……。えっち。……断っていたから、それが嫌だったみたいです」 「一年前にフラれたんだろ? いい加減忘れろよ」  無責任な事を言われ、ムカァッときた。 「あのですねぇ、高校時代から付き合って、私いま二十六歳ですよ? 約九年付き合ったんです! それなのにフラれて、すぐに復活できる訳ないじゃないですか! …………っそれに、あいつ、私と別れてすぐ他の女と付き合って、~~~~っ、来年にはその女と結婚式挙げるんですよ!? 同級生たちはほぼ招待されるのに、私だけ不参加! それは当たり前として、皆、絶対私の事を話題にするに決まってます! こんっな惨めで恥ずかしくて、情けない事ありますか!?」  物凄い勢いで言ったからか、部長は「おう……」と少したじろいでいる。  やがて溜め息をつき、長い脚を組んだ。 「それで今日、ぼんやりしてたのか」  ……確かにミスして課長に怒られたけど……。  その横、通ってたもんな。この人。
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