<1・煙草の煙に落下する。>

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<1・煙草の煙に落下する。>

 煙草の臭いは嫌いだ。ここ最近、貴族連中の間ではやたらどぎつい臭いのものが流行しているから尚更に。  レネが思わず眉を顰めてしまったことに気付いたのだろう。髪にキスを落としていた男が、おや?と声を上げたのだった。 「レネ。君は煙草が好きではなかったのかね?てっきり、慣れたものだと思っていたのだが」 「……ああ、えっと」  機嫌を損ねるのはまずい。少し考えた末、レネはこう答えることにした。 「嫌いなわけではないですが……俺としては、少し苦手です。特に最近皆さまが好んでらっしゃるのは、臭いが強すぎて。……煙草の臭いで、全部かき消されてしまうじゃないですか。ドルク様自身の匂いまで」 「儂の匂いがわからなくなるのが嫌か」 「はい。……子供じみた執着でしょう?笑っていただいて構いませんよ」  煙草が好きではないというのがバレたなら、下手な嘘などつかない方がいい。そしてこういう言い方をすれば、この中年男がむしろ喜ぶことをレネはよく知っていた。  彼にとって、自分はちょっとした暇つぶしの玩具のようなもの。  しかし人間は誰しも、心のどこかで愛情を求めている。自分だけを見て、自分に執着してくれる存在を欲している。このドルクという子爵の男も例に漏れない。玩具扱いしている男娼とはいえ、遠まわしに“貴方自身が好き”と言われれば、それだけで機嫌も上向くというものだ。 「いやいや、構わない。可愛いことを言ってくれる」  案の定彼は嬉しそうな声を上げた。 「お前は可愛げがあっていいなあ。うちの息子たちとは大違いだ。奴らは儂をまともに敬うということもしてくれん。軍を退役した途端にこれだ、一体誰のおかげで入隊できたと思っているのか」 「空軍の入隊試験は、とても難しいと聞いています。ドルク様の御子息には、少々難しかったのでしょうか」 「奴らは昔から儂と違って、頭の出来が良くなくていけない。まったく、誰に似たんだか。由緒正しいオドウッド家の跡取りが筆記で落ちたなどとあっては末代までの恥、仕方なく手を回してやったが」 「それはそれは。本当にご苦労なさったことでしょう」  馬鹿なやつ。レネは心の中で鼻を鳴らした。軍の裏口入学――バレたらどんな裁きが下るかなんて明白なのに、自分のような男娼にペラペラ、ペラペラと。まあ、そこまでこの男を信用させたのは己の手腕ではあるが。 ――さて、あと一息。  レネは甘えるように、男の背に手を回す。 ――まあ、こいつ体力もないだろうし。二、三回天国見させてやりゃ、十分だろ。
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