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5-1 キーマカレー
それから1ヶ月。
11月に入り、週末の生活サイクルにも慣れてきた。
家で食事を作ることもあれば外食したり、日曜日に朝からドライブにも行った。本屋で話したドラマを配信サービスで二人で見たり、のんびり思い思いの時間を過ごすこともあった。
私は彼の恋人の様な週末を満喫していた。
しかし教育らしい教育は無い。
夜は抱かれてはいるものの、とことん甘やかされ、蕩けさせて、私が満たされるだけに思える。
そろそろテクニック的なものを練習した方が良いのではないか。自信はないが東雲の為に習得しなければならない。
「お待たせ」
いつも通り夕方彼が迎えにきた。
「お仕事お疲れ様です」
とにっこり笑顔を見せながら助手席へ乗り込む。
「うん。じゃあ行こうか」
今日は彼が得意だというキーマカレーを作ってくれる。事前にスパイスを買い揃えるほどこだわっているらしいので楽しみだ。
「そうだ、今月最後の土日の学園祭に出ることになりました」
「出る?」
「はい、オーケストラ部の部長に頼まれてしまって」
オーケストラ部の演奏会が学園祭の1日目にあるらしく、ゲストで出て欲しいと頼まれた。
部に同じ高校出身者が居り、私が高校生の頃文化祭でピアノ伴奏した動画を持っていたらしい。ネットには出回ってない様だがヒヤリとした。
部長は勝手に見たことを謝りながらも、あなたの様な品とオーラがある人はそうそういない、部にとっていい経験になると懇願されてしまった。
とはいえ、大人数の同世代と何かをするのは久しぶりなので少し楽しみである。
しかも今回、有名なプロの指揮者に振ってもらうらしい。
大学の部活においてギャラを払ってプロの指揮者に依頼することは珍しくないと聞いて驚いた。
当オケ部では普段は学生が振っているが今回は部長が熱心にオファーをして実現したらしい。
「国際コンクールで入賞した有名な方で、森野正造さんの唯一のお弟子さんなんですって」
森野正造氏は若くして国際コンクールで優勝して以来、何十年も国内外の第一線で活躍する指揮者だ。
「ああ。森野さんウチの関連企業が協賛したチャリティーコンサートに出てらしたね」
「はい、去年そのコンサート行きました。素晴らしかったです」
唯一の弟子ということできっと有望なのだろう。よく引き受けてくれたものだ。
「必ず聴きに行くよ」
彼は一瞬こちらを向いて微笑んだ。
「えっお忙しいのに。学生オケですよ。無理しないでください」
「俺は君の身内だよ。文化祭も見に行ったし」
「兄様、あの頃すごく目立ってた。授業参観や進路相談も来てくださって。クラスメイト達にあんなお兄さん羨ましいって言われました」
クスクス笑いながら思い出す。
「まさか20台半ばで保護者の立場になるとはね。今となっては良い思い出だよ。彩音のピアノ、久しぶりに聴きたい。必ず予定を合わせて行くよ」
「ありがとうございます。頑張ります」
忙しい中わざわざ来てくれるのだ。練習頑張らないと。
マンションに着くと彼は着替えて約束のキーマカレーを作ってくれた。
ルーはスパイスから作り、ご飯はターメリックライスでサラダ、ラッシーまで用意してくれた。
「美味しかったです。兄様って本当に器用ですよね。自炊でここまで凝るなんて」
「ありがとう。さすがに一人でここまではしないよ。彩音にいいところ見せたくて」
「家庭料理を作ろうって言ったのにカフェメニューみたいでしたね」
クスクスと笑いながら食器を片付ける。
食後は二人でソファーまったりして、彼に勧められ先にお風呂へ行かせてもらった。
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