7-2演奏会(光瑠視点)

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7-2演奏会(光瑠視点)

 この雰囲気、久しぶりだな。    彩音の晴れ舞台を見に彼女が通っている大学のホールを訪れた。ここまでの道中、屋台や展示、野外ステージなどで学生達が青春を満喫していた。  自分には懐かしく感じるが、彼女は今この空間で学生生活を過ごしている。  今日が彼女にとって素晴らしい青春の1ページになるかもしれない。学生生活は一緒に過ごせないけど今日のステージはせめて目に焼き付けよう。  1階席の後方通路側の座席に腰を下ろした。  定刻になるとアナウンスと共にオーケストラ部の皆が現れた。その後コンマス、指揮者が登場し大きな拍手に包まれる。  一曲目は短めの有名な華やかなクラシックの定番曲、二曲は世界的人気ゲームのテーマ曲だった。クラシックに馴染みがない人でも楽しく聴ける様配慮している選曲だと思った。指揮者のやたら気取ったタクト捌きが鼻につくけど。  いよいよ彩音が登場する。  拍手で迎えられた彩音は深みのある赤のデコルテの開いたロングドレスに艶のあるストレートヘアを下ろし、カチューシャ型のヘアアクセサリーを付けている。  着飾った彼女は見慣れているが、今日はいつにも増して艶やかで凛としていて息を呑むほど美しく、客席からもため息や歓声があがる。  指揮者と握手をし、客席に一礼してピアノに座る。ラフマニノフが始まった。  素人目にもこの難しそうな曲を音大生でもない大学生達が弾きこなし、素直に感動する。彩音はいつも通り素晴らしいがパーティーなどで演奏する時と違いオケや指揮者とアイコンタクトをとり、壮大な曲を楽しそうに弾ききった。    割れんばかりの拍手が鳴り響く。  指揮者とコンマスが彩音と握手を交わし、オーケストラが袖に引き上げて彼女一人がステージに残る。  照明も絞られ客席は水を打った様に鎮まりかえる。  そして始まったのは―― 「愛の夢」だ。  許されぬ愛に生きた偉大な作曲家の代表作。  そういえば彩音はコンチェルトについては話をしていたがソロ曲については全く触れてなかった。  音色は優しく、温かく、どこか切ない。弾むように、囁くように、寄り添うように。舞い上がる様に、転がり落ちる様に。  ピアノを弾いている彼女の横顔は生き生きとしているがどこか憂いを帯びて美しい。    演奏を聴きながら俺と彼女が出会ってから今日まで過ごした時間が思い出される。いい時も辛い時も、全部ひっくるめて彼女との大切な時間。    やがて大切なものをそっと差し出す様に最後の一音を奏でた。    刹那の静寂の後、大歓声が巻き起こった。一瞬動けなかったが慌てて立ち上がり、最大限の拍手を送る。    彼女は満足そうに会場をゆっくり見渡し俺を見つけた。  拍手する手を少し持ち上げてアイコンタクトをすると、微笑みを返してきた。  客席にゆっくり一礼し、熱気が冷めやらない客席を背に颯爽とステージを去った。
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