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9-1 合鍵
12月に入り、彼と会う時間が減ってしまった。
年末年始休業前ということで仕事量も増えているが、彼は取締役として取引先の会食や会合、パーティーなどにも顔を出さなければならない。
毎日メッセージはやり取りしているが、今月は一度パーティーで同席しただけ。週末も一緒に過ごせていない。
誕生日前に戻ったようで寂しいが、彼に無理をして欲しくないのでわがままは封印している。
するとスマホに彼からメッセージが届いた。
「今夜少しだけ部屋に寄ってもいい?」
今日は平日の中日で明日も仕事だ。忙しい中時間を作って来てくれる。心が舞い上がった。
彼が屋敷に到着したのは10時前だった。
自室の扉がノックされる。
「どうぞ」
「ごめん遅くなった」
スーツ姿の彼が部屋に入ってきた。彼がこの部屋に入るのはあの日以来だ。
私は彼に駆け寄り首に腕を回して抱きつく。
「お仕事お疲れ様。会いたかった」
「うん、俺も会いたかった」
短いキスを交わす。久しぶりでなんだか照れくさい。しばらく抱き合ったあと、窓際のテーブルを挟んで向かい合った。
「夕食は?」
「ちょっとだけ会場で食べたけど、今日はもういいかな」
いつもの優しい顔に少し疲れが見える。来てくれて嬉しいけど申し訳ない気持ちになる。
「来週のイブの夜空いてる?夜の7時くらいには帰れそうなんだ」
「えっ本当?嬉しい。会えると思ってなかった」
思わぬ誘いに声が弾む。
「俺も直前まで確約出来なかったからレストランとか予約してないけど、それでもいいかな」
「もちろんよ。ありがとう、無理してくれて」
「俺が一緒にいたいからだよ。最近会えなくてごめんね」
恋人とクリスマスイブなんて嬉しすぎる。場所なんてどこでもいい。
「それでね、当日ここに迎えにきても良いんだけど少しでも長く彩音と二人っきりで過ごしたい。だから」
胸ポケットからカードのような物を取り出した。
「このカードキーで先に部屋へ来ておいてくれないかな」
「えっうん」
それは構わないが、彼は何か言いたげに見える。彼はカードを手で弄びながら少し苦笑いした。
「ごめん、もう回りくどい言い方はやめる。俺の家の合鍵持っていてくれないかな。俺自身あまり家にいるわけじゃないけど、いつでも来たい時に来れるように」
彼は普段から何重にも理由付けして外堀を埋めるような言動が見られる。今も恋人に合鍵を渡すのにわざわざクリスマスを理由にしていた。
彼のこういう面は臆病さからきているのかもしれないな、と最近思っている。
「うん、嬉しい。ありがとう」
私は笑顔でカードキーを受け取る。彼に安心をあげたい。
「ね、じゃあクリスマスイブの時キッチン借りてご飯作ってていいかな」
「嬉しいけど、こっちが誘ったのに悪いよ」
彼は驚いた顔でこちらを見た。
「いつも作ってもらってるじゃない。次は私って言っているのに」
「それは俺が作ってあげたいから」
「私もそうしたいの」
「うーん、そうか……じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。楽しみにしてる」
「うん」
やっと折れてくれた。忙しい時くらい甘えてほしいのに。
「ついでに秘密基地でも作っちゃおうかな」
少し食い下がってしまったので空気を変えようと冗談ぽく言ってみる。
「俺たちが寝る場所は残しておいてね」
と笑ってくれ、私の後ろに回り込んで椅子越しにハグしてきた。
彼の腕に手を添えて振り向くと唇が重なる。
短いキスの後、どんどん深くなり静かな部屋に二人の吐息が響いた。
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