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9-2 クリスマスイブ(光瑠視点)
何とか仕事を7時までに終え、車に乗り込んだ。
予想した通り道はかなり渋滞しており、彼女を迎えに行っていたらかなりの時間ロスになっただろう。合鍵を渡しておいて良かった。
車内から外を見ただけで今日がクリスマスと分かる。ショップのウィンドウに施されたクリスマスのデコレーション、街路樹のイルミネーション、サンタの格好をした店頭販売やピザの配達員。いつもよりも賑わっている歩道の人々。
社会人になってからこの時期はすっかり憂鬱なものになってしまった。
年末の激務で疲れた体にこの混雑や高揚感は堪えるし、あまりにもメディアや行く先々で当然の様にクリスマスを前面に出してくるので押し付けられているような気にすらなる。
去年までと大違いだな。
彼女と過ごしたいがためにわざわざ仕事の都合をつけて浮かれながら帰っているなんて。
ホテルやレストランなど探せば手配できたかもしれないが、彼女が求めているものはそういうものじゃないと思ってやめた。
俺が東雲に来てから、家族とクリスマスを過ごすこともなければ友達とパーティーをしたという話も聞いたことがない。
俺と過ごせるというだけであんなに喜んでくれ、夕食まで作ってくれる。
大切な人との時間を何より大事に思っている。
でも来年はもっと早く予定を空けて彼女の希望を聞いて一緒に過ごそう。
そんな幸せな想像をしながら渋滞の中車を走らせた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
エプロン姿の彼女がポニーテールを揺らしてパタパタと玄関まで迎えてくれた。
靴も脱いでないのに彼女が抱きついてくる。
「会いたかった」
「俺もだよ、彩音。まず家に入らせて」
「あっごめんなさい。お仕事お疲れ様です」
彼女は慌てて腕を離しお辞儀してにっこり笑う。
「晩御飯出来てるの。早く着替えてきて」
「うん。楽しみだな」
弾むような笑顔と仕草でリビングへ向かう彼女の後ろ姿が愛しくて仕方なかった。
着替えてリビングへ行くと照明が抑えられ食卓がクリスマス仕様になっていた。
小さなツリーとキャンドル、料理の下に赤いランチョンマット。
料理はローストビーフ、野菜やサーモン、チーズ、生ハムなどを使ったピンチョス、くり抜いたパンに入ったシチュー、手作りドレッシング付きシーザーサラダ。
「すごいな。この品数、すごく時間かかったでしょ」
「ふふ。飲み物どうする?」
「これなら白ワインかな。彩音も飲む?」
あの演奏会の日の夜のことはお互い触れていない。一口しか飲んでいないシャンパンであれほど大胆になったのか、演奏会の後だっかからなのか。
「私は炭酸水にする」
彼女はにっこり笑顔で答えた。
「メリークリスマス」
グラス同士をぶつけて、一口ワインを飲む。
「どれも美味しそうだな。盛り付けも綺麗だね」
「ローストビーフは屋敷で作ってきたの。疲れてても食べやすいものメインにしたいなって」
先週会った時俺はそんなに疲れた顔だったのか。気を使ってもらって有難い。
「ありがとう。頂きます」
ローストビーフを一切れ口に運ぶ。
「すっごく美味しい」
「よかった」
屋敷の料理長直伝で、事前に練習してお墨付きをもらったらしい。そこまでしてもらって申し訳ない気持ちもあるが、彼女の完璧主義さに驚く。
「一人で用意させてごめん。どれもすごく美味しい」
「ううん、時間作ってくれただけで充分嬉しい。いつも作ってくれてるんだから気にしないで」
「いつもは胃袋掴んでやろうと思って」
「ふふ。返り討ちにしてあげる」
彼女は小悪魔みたいな可愛らしい挑戦的な顔をしてみせる。
もうすでにがっちり心掴まれているというのに。俺は苦笑いした。
その後も小林先輩と一緒に板倉さんのチャリティーコンサートに行った話、その前にホテルのラウンジでアフタヌーンティーをした話、楽屋に挨拶へ行ったら板倉さんは小林先輩を狙ってそうだったということを饒舌に話してくれた。
ここ数週間ろくに会えなかった分話題が尽きず、何気ない会話が楽しい。楽しそうに話してくれる彼女が愛しくて仕方ない。
「小林さんかぁ。大丈夫なのかな」
「噂のこと?本人が否定してた。指揮者に気に入られたらコンマスになれるって思いこんでた人に迫られて断ったら変な噂流されたって」
「でも海外でもって聞いたよ」
「海外はノーカウントなんですって。小林先輩呆れてた」
クスクス思い出しながら笑っている。小林さんははっきりものを言うタイプで板倉さんにも物おじせず、会話の息が合っていてお似合いに見えたそうだ。
「学生オケは昔の情熱や音楽を楽しむ気持ちを思い出させてくれるから出来るだけ引き受けてるそうよ。今回はスケジュール厳しかったけど小林先輩の熱意に負けたって」
「そっか。でも彩音、警戒は忘れないでね。他の男にも」
「心配症なんだから。気をつけます」
その後もたくさん話したくさん笑ってクリスマスディナーを楽しんだ。
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