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10-3 決断
「いつから気付いていたのですか。というか親父達も?」
彼は隣の両親に尋ねる。私は状況が掴めず何も言えない。
「実は私たち全員、初顔合わせのときからこうなる予感はしてたんだ」
にっこり笑いながら彼のお父様が答える。お母様も会話に入ってくる。
「だってあの時、あなたたち二人でお見合いみたいなこと始めたんだもの」
初顔合わせ。それはこの場所、この座席だった。
「我々大人は談笑しているのに何やら二人で甘酸っぱい雰囲気を出して不束者ですが、なんて言葉を使って。まあ当時は彩音ちゃん中学生だしまさかとは思ったんだけど」
「彩音ちゃん大人っぽかったから。二人の雰囲気がすごく素敵に見えたのよねぇ」
思わず彼と目を見合わせる。あの時のやりとりは一字一句覚えている。でもその時親たちがどのような反応だったか全く覚えていない。
父が口を開く。
「あの後我々はとりあえず養子縁組を保留することにした。精神的ハードルにもなるし戸籍をあまりいじるのもよくない。私はな、できればお前たちにくっついて欲しかった。しばらく様子を見たいと思ったんだ」
そんな昔から。恋心を自覚したのはもっと後だ。あの時自分でも気が付かないうちに始まっていたのだろうか。
「彩音にはこのことは伏せておいたが、光瑠が動くかと思ったらいい兄として振舞って、見立てが甘かったと思ったよ。お前が縁組してないからって義理の妹に手を出すような男ではないのは知っていたのにな。あのマンションが出来たタイミングで光瑠に引っ越すよう促して距離を置かせた。兄妹という意識が薄れるのを期待して」
「そんな回りくどいことしなくても普通におっしゃって下さればよかったのに」
思わず父に意見をしてしまった。父は怒らず話を続ける。
「それはお前たちの気持ちを直接聞いたわけじゃないからな。こちらが押し付けるのではなくて自分達の意思で生涯の伴侶を選んで欲しかった。まあ、教育係という最終手段を使う羽目にはなったが。娘が惚れていて、後継者としての器もある。お前達がまとまってくれてほっとしたよ」
彼ははっとした顔をして「後継者としての器、ですか」と言った。
横から彼の実父が口を開いた。
「東雲さんはお前が高校の時論文コンテストで入賞した時にもう目をかけられていてうちと連絡をとっていた」
彼は「あの時の……」と言葉を漏らした。
そのコンテストは私も応募したので過去受賞作品は読んだ。途上国のインフラ整備による我が国との相互メリットについて情熱的に書かれた素晴らしい論文だった。
「ビジョンと情熱。これが無いと何も始まらないからな。経営者と言えど何でも自分の思い通りにできるわけじゃない。分家の子供たちは皆に気を掛けていたがその後の勉学ぶりなどを見て次の東雲を任せるならお前が一番だと判断した」
彼の両親は微笑んで見守っている。
「でもこちらの願望で縁組を延期して落胆させたのは申し訳なかった。我ながら苦しい言い訳だったよ」
「いえ、自分が未熟なのは分かっていましたから。おかげで奮起出来ました。感謝しています」
「そうか」
父はほっとしたような表情をし、少し間を開けて再び口を開く。
「ついでに言っておきたい。これからの東雲は血縁など関係なく適性のあるものを後継者とするべきだ。でも彩音の夫になるお前にこそ次を任せたいと思っている。経営者は時に非情な決断をしなければならない。従業員をリストラしたり、多数の人間が尽力した事業を切らなければならない時も来る。まともな神経がある人間には堪えるし、それが出来なくて傾いた会社を何社も見てきた」
彼はまっすぐ父を見つめ頷く。
「今の東雲の体制だとそれは彩音が負うべき役割だった。でもこの子は共感性が強いから向かない。光瑠、彩音の代わりにお前がその責務を果たしてくれないか。愛する者の代わりに」
「はい」
彼は引き締まった表情で答えた。私は涙が出そうだったが何とか堪える。
父は目元を緩めて私たちを見た。
「お前に引き渡すまでもう少し私の方で頑張るよ。その時まで精進しなさい」
「はい。肝に銘じます」
彼は深々と父にお辞儀をして、まっすぐ父の目を見た。父は微笑んで彼を見つめ返す。
その姿を見て私も密かに決意する。
支えよう、私と一緒に歩んでくれる人を。
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