11-1 鍋

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11-1 鍋

 正月三が日が過ぎて最初の週末。  合鍵を使って彼のマンションに入り夕食の準備をする。  年始ということで彼はまだ慌ただしくしており、今日も休日出勤だそうなので私は晩御飯を用意して部屋で待っていると申し出た。  父から学業や仕事に影響のない範囲なら自由に交際していいと言ってもらえたので引き続き週末一緒に過ごせる。  この部屋へ来るのはクリスマスイブ以来だ。  約2週間ぶりな上、年末年始色々なことがあり過ぎ随分昔のことに思える。  親たちの許可を得て、義理の兄妹という呵責もなくなり、何の憂いもなく彼を好きだと言える。  否応なく心が浮き立ち、彼の帰りが待ち遠しい。   「ただいま」  オートロックキーを外す音がして、彼が帰ってきた。出迎えるために玄関へ駆けより走った勢いそのままに抱き着いた。彼がよろける。 「彩音、危ないよ」 「だってやっと帰ってきた」  私は回した腕の力を更に強めた。彼も背中に手を回してくれる。 「うん、遅くなってごめん」  彼はしばらく抱きしめ合ったあと腕をほどきキスをして、再び「ただいま」と優しい声で言った。 「おかえりなさい」  こんなありふれた日常のやりとりが私にとって最高の幸せだ。 「あ、今日鍋なんだ」 「うん。寒い日が続くから温まるように」  慌ただしい日々を送る彼にほっとできるものを、とチョイスした。 「今年の冬は本当に寒いよね。鍋は実家に帰った時くらいしか食べないから嬉しいよ」 「うん。風邪ひかないように気を付けてね」  出来上がった鍋を彼がダイニングテーブルに運んでくれ、水炊きを二人で楽しく話しながら食べた。  食後一緒に食器を片付けて、温かい飲み物をお供に彼はソファに座り、私はソファーとローテーブルの間に直に座るのがすっかり定番になっている。    今日の彼は私の真後ろのソファに腰をおろし、ハグされた。彼の腕に手を添える。 「指輪、付けてくれてるんだ。ネックレスも」  私の左手をとり、顔の高さにもって眺める。 「うん、今日初めて付けたの」 「ネックレス、見るの誕生日以来だな」 「ごめんなさい。すごく気に入ってるんだけど、関係が終わって付けられなくなると悲しいと思ったから」  彼の方を振り返る。彼は優しい顔で微笑んでくれていた。  「そっか。これからはたくさん付けてね」  と言ってキスをくれた。  前に向き直り、しばらく後ろからハグされたまま彼の体温を感じる。 「色々あったけど、認めてもらえてよかった。何にも囚われず光瑠が好きって言える」 「うん、そうだね」  彼がしゃべると息が耳元にかかってくすぐったい。 「ひとつ聞いていいかな」  私は再度彼の方を振り返った。   「お父様がおっしゃっていた、私の代わりに経営者として残酷な決断をするって話」 「うん」  彼は真剣な眼差しで聴いてくれている。 「あなたが頷いてくれてすごく嬉しかった。私には向いてないって自分でも思うから。でもそれをあなたに押し付けていいのかなって」 「うん」 「あなたは本当にそれでいいの?私と歩んでくれるの?」  私は真剣に、切実に問いかけた。これを聞かないと本当の意味で一緒に歩めないと思った。   「そうだな……」  彼は少し考えてから口を開いた。 「もちろんそんなことにならない様に、周りの人に力を貸してもらいながらやっていけたらとは思うよ。でも世の中の動きは自分達だけじゃどうにもできないし」 「うん」 「父さんがあの話を彩音もいる前でしたことにも意味があると思うんだ。一人で背負うんじゃないって。重たい責任を二人で担っていけって」 「あ……」  父の意図までは思い至ってなかった。 「俺が矢面に立って決断をする。彩音が恨まれたりバッシングされるより遥かにいい。でも気持ちは一緒に戦って欲しい。支えてほしい。そうやって歩んでいきたい」 「うん。絶対」  私はまっすぐ彼を見つめ力強く答えた。   「そうならないようにするのが経営者の役目だけどね」  口元を緩めて冗談ぽく言いながら私の頭を撫でる。 「ふふ。それも手伝うわ」  彼の背中に腕を回して抱き着いた。  やはり私にはこの人しかいないと思った。    
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