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12-1 成人式
1月の第2月曜日、成人の日。私の住む港区ではこの日に成人式が行われる。
友達の敦子や美園は地元の友達との再会を楽しみにしているようだが、高校まで同級生たちと距離をとっていた私にそんな人はいない。
車で送って行ってもらってすぐ帰る予定だ。
振袖は父が用意してくれたものらしい。
先月衣装合わせの時にも着たが濃紫地に古典柄の有職文様や色とりどりの花の柄が入り、シックな中に華やかさがある。
成人式に出席した後は父が懇意にしている料亭で食事をすることになっており、父と彼に加えて習志野のご両親もわざわざ横浜から来てくださる。
お正月に習志野のお母様と連絡先を交換し、振り袖姿を楽しみにしているとメッセージをくれた。
実の母親とずっと疎遠になっている私はとても温かい気持ちになった。
式の始まる15分前に会場に到着し、後方の端の席に座るとかつての同級生たち3人が声をかけてきて、隣に座ってくれた。
彼女達は特に親しくなかったはずなのに懐かしく、昔話に花が咲いた。
当時もっと自然に話していれば、という気持ちが心をかすめた。
式は1時間弱で終わり、同級生たちとは今度同窓会をする約束をして別れた。
東雲家の車で料亭へ送迎してもらうとスーツを着た彼が入り口で待っていた。
「彩音、成人おめでとう。振袖すごく似合ってて綺麗だよ」
「ありがとうございます」
私はお礼を言ったあとお辞儀をしてにっこり笑った。
なんだか外ではまだ兄妹の癖が抜けない。二人して笑ってしまった。
父と習志野のご両親が合流する。
「今日はわざわざお越しきありがとうございます」
私は習志野のご両親に深々と頭を下げる。
「横浜なんて大した距離じゃないから気にしないで。呼んでもらえて本当に嬉しいのよ。将来の娘の晴れ姿が見られるんですもの」
「そうだよ彩音さん。やっぱり華やかでいいね。ウチは男しかいないから行事もつまらなくてね」
「悪かったな」
ご両親の横から彼が冷たい声を発した。私たち3人は顔を見合わせて笑った。
お酒の入る前にと料亭の庭園で記念撮影をしてもらい、女将さんに個室へ案内される。
歩きながら父と二人で広い屋敷に住んでいた日々を思い出す。
こんな賑やかで温かい成人の日になると想像もしていなかった。
物思いにふけりそうになると、彼が私の手を取った。
「彩音、段差があるから気を付けて」
と微笑んでくれた。
ああ、あの誕生日デートの時もこんなことあったな。
私の気持ちが負の方向へ走りそうになった時、彼はいち早く察知して手を差し伸べてくれる。
とても温かく、私を光の方へ連れて行ってくれる手だ。
「ありがとう」
微笑みながら彼の手を握って段差を降り、手を繋いだままそっと寄り添う。
この手を絶対離さないでいよう、と思った。
一番上座に座る父の隣に腰を下ろし、父の方に体を向ける。
「お父様、こちらの振袖を用意して頂きありがとうございました。とても気に入っております」
「ああ、よく似合ってるよ。東雲が所有しているものから選んだ。光瑠にも協力してもらってな」
思わず彼を見ると無言で微笑みを返してくれた。
「東雲は元々紡績糸や織物の輸出で財を成した家だからな。貴重な着物も多数所有しているが、お前の好きな紫で成人式に合いそうなものはそれだけだった」
「私の好きな色を知って下さっていたのですか」
父は少し照れ臭そうに「まあな」と言った。
そういえば父は学園祭にスタンド花も贈ってくれていた。まだお礼を言っていなかったことを思い出す。
「学園祭のお花ありがとうございました。お礼が遅くなって申し訳ありません」
「ああ、あれは他の学生たちへ贈ったものだがな。演奏の動画を見たよ。素晴らしかった」
「ありがとうございます」
私は深くお辞儀をした。
父は少し間を置いて再び口を開く。
「幸枝も、お前の母親も褒めていたぞ」
久しぶりにその名前を聞き、私は硬直した。
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