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12-2 母親
「お母様と連絡をとっているのですか」
彼が心配そうに私を見ている。習志野のご両親は落ち着いた表情で見守っている。母の事を知っているのだろうか。
「ああ。実は今日本にいるんだ。この話は後でするから帰ったら私の部屋に来なさい。光瑠も聞きたければ来い」
「伺います」
彼が即答したと同時に引き戸を叩く音がし、仲居さん達が料理を運んできた。
料理が運ばれ、個室内は再び私達5人になる。
「彩音、祝いの席で動揺させて済まない。でも成人の日だからこそ生んでくれた母親の事も考えて欲しい」
私は父をまっすぐ見て「はい」と返事をした。
「彩音ちゃん、頂きましょう。今日はあなたが主役なんだから笑顔でね」
習志野のお母様が優しく声をかけてくれた。
「心配おかけしてすみません」
と咄嗟に謝った。隣にいるお父様も口を開く。
「私達も君の親になるんだから心配かけてくれていいさ。でもそんな綺麗な姿で浮かない顔しているのはもったいないよ」
2人の優しい言葉に心が温まる。
「彩音、俺も一緒に話聞くから。今は食事を楽しもう」
正面に座る彼も声をかけてくれる。揃って気を使ってくれる姿にやはり家族なんだな、と思うと自然と笑顔になれた。
穏やかな表情で会話を見守っていた父が乾杯の音頭を取り、一旦母親の事を心に閉じ込め私のために集まってくれた方達との会食を楽しんだ。
屋敷に帰り、振袖を脱いで普段着に着替える。
あの後私は気持ちを切り替え、父や習志野のご両親ともたくさん話し、今度横浜のお宅へ遊びに行く約束もした。
彼は露骨に嫌そうな顔をしていた。
父の部屋に行く前に彼の部屋に立ち寄る。
ドアをノックしたら「入って」と返事があった。
彼の部屋は色々なジャンルの本が収納された本棚や、音響や映像の機材やパソコンなどが多数置いてある。
部屋の隅に置かれたソファーに座るように促され、彼も隣に座る。
「ごめん早く父さんの話を聞きたいと思うけど、その前に確認しておきたいんだ。彩音がお母様と最後に会ったのはいつなの」
私は息を吐いて、彼の問いに答える。
「5歳、ぐらいだったと思う。この家を出ていく直前」
心の中に押し込めて鍵をかけていた記憶。いつか向き合わないといけないと思っていた。
この扉を開くときが来た。大人になるために。
「私がお母さんを、自分の母親を裏切ったの」
彼は1ミリも表情を変えずに私の言葉を待ってくれている。
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