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12-5 後悔
「幸枝は後悔している。お前を一人この家に残したことを」
父の言っていることの意味が分かりかねる。
私が父を選んだからこそここにいるのに。
「たった5歳の娘をこんな窮屈な家に置いて自分だけ逃げたと」
「そんな、心を病んでいたら仕方ないじゃないですか」
咄嗟に父に訴える。そんな母に最後の引導を渡したのは他でもない私だ。
隣で聞いていた彼が私の手にそっと自分の手を添え、アイコンタクトをしてくれた。
私は心を落ち着かせ、父の方を向く。
「そうなんだよ。幸枝はこの家での辛かった記憶と母親としての責任感でしばらく苦しんだ。選ばれなかったにしても側で娘を守る役割を放り出したと。私や東雲が悪いと決まっているのに」
父は悲しそうな顔をする。そういった葛藤は周りがどれだけ正論を言っても本人が納得しなければ解決しない。やるせない気持ちになりながら父に問う。
「それでいつ日本に帰ってきたのですか?」
「去年の夏頃に幸枝の母、お前の祖母に癌が見つかった。通院や抗がん剤治療の入院に付き添うためにNGOをやめて今愛媛に住んでいる」
私の祖母。一度も会った記憶がない。しかも癌だなんて。容体が気になる。
「幸枝の父は残念ながらもう亡くなっている。会うことができるお前の唯一の祖父母は愛媛にいるおばあさんだけだ」
父が少し表情を和らげた。
「もしお前が良いというなら会いに行ってやって欲しい。私とは口を聞いてくれないがお前のことは気にかけてる。幸枝に送った写真や動画を見て成長を喜んでいるそうだ」
想像がつかない。祖父母は厳しい東雲家の当主としての祖父しか知らない。私のことを家を存続させるための道具としか見てなかった祖父。
「ほとんど会った記憶の無い人を身内と言われても困ると思う。でも抗がん剤治療は本当に大変なんだ。ゆっくり考えて気が向いたら行ってきなさい」
「はい」
「それと幸枝のことも。あれから15年、彼女は海外で経験を積んで心境が変わってきたらしい。他の誰でもない自分の娘と向き合いたいと言ってくれた。許さなくてもいい、でもあいつの想いを聞いてやってくれないか」
私は顔を引き締めまっすぐ父の目を見て答える。
「はい、考えてみます」
父は安堵したように息を吐き、ソファに深く体を沈めた。
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