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13 エピローグ 扉の向こうへ
羽田から約1時間半、私と彼は松山空港からリムジンバスに乗り、松山駅で降りる。
そこから鉄道に乗り変え3駅ほどのところに祖母が入院する大学病院がある。
彼は空港からレンタカーを借りる提案をしてくれたが、母の暮らす街を身近に見てみたかったので公共交通機関で向かいたいと言った。
「今度伊予鉄道も乗ってみたいな」
彼は道路や橋や鉄道など人々の生活を豊かにする建造物が好きらしい。
在来線の駅を降り、徒歩で向かう。
まだ自ら母と連絡を取る勇気はなく、父を介して今日の日取りを決めた。
祖母は難病指定されている血液の癌で、差し当って命の危険はないものの定期的に抗がん剤治療を受けなければならない。
本来の予定では昨日には退院して松山市内の祖母と母が暮らす家へ伺う予定だったが副作用が長引いて退院が延期になってしまった。
訪問日時の変更を申し出たが、こんな時だからこそ会って欲しいと言っていたそうだ。
手をつないで松山市内の住宅地を歩く。今は3月中旬で日差しは暖かくなってきたが風が吹くと寒さが堪える。
来る前に地図を見てみたら結構海が近いらしい。
病室から海が見えたりするのだろうか。
「知ってる?もう少し先の駅の近くの港から行ける島に鯛めしが食べられる施設があるんだ」
彼が話しかけてきた。
「鯛めしが有名なのは知ってるけど、わざわざ船で行くの?」
「その船の屋根にね、鹿のオブジェが乗っているんだ。島に野生の鹿がいるんだよ」
「すごい、面白い。鹿の島に鹿の船なんて。船で行くっていうのも特別感あって楽しそう」
「うん、せっかく瀬戸内海の近くに来たんだから船乗りたいよね。また来ようよ」
四国へは初めて来たが、15年ぶりに母と再会するついでに観光などする気が起きないので日帰りにした。
もし母とわだかまりが解けたら定期的にこの街に来るかもしれない。一緒に鯛めしを食べるかもしれない。
成人式の振袖はかなわなかったが花嫁姿は見てもらえるかもしれない。
私はいつの間にか明るい未来も想像できるようになっている。
彼や、周りの人の温かさを知れたから。
楽観視はできない。何もなかったようにすぐ普通の親子の関係に戻れたりはしない。
それでも希望を持つことを諦めたくない。
「うん、その島にも行きたいし、光瑠とたくさん色んな場所に行きたいな」
笑顔で彼に答えた。
今日は土曜日のため受付に人はおらず入院棟の1階で守衛さんに入館許可をもらい、エレベーターで6階に上がる。
ナースステーションで看護師さんに声をかけると「618号室ですね。さっきもお見舞いの方がいらっしゃってましたよ」と言われた。
母が来ている。きっと祖母と一緒に私たちを待っている。
お礼を言い、うるさいほど鳴り響く鼓動に鎮まるよう言い聞かせながら病室へ向かう。
618号室はすぐに見つかり、ネームプレートに祖母の名前があった。
この扉の向こうに母と祖母がいる。
足がすくむ。ここに来るまでに何を話せばいいのか考えに考えたが答えは出なかった。
躊躇っていると隣にいる彼が私の手を握り微笑んで頷いてくれた。相変わらず彼の手は温かい。
私も微笑んで頷き返す。
私は深呼吸をして目の前の扉をノックした。
終
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