2-3 マンション

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2-3 マンション

 鎌倉から一時間と少し車を走らせ高速を降りる。  渋滞がない分、行きより少し早く東京に戻ってこれた。  見慣れた東京の街がこのデートの終わりを感じさせた。港区の屋敷はもうすぐというところで彼が口を開く。 「これから俺の家来る?」 「えっ今からですか」  こういう時は泊まりだと思っていたが何も準備してない。ただ寄るだけということだろうか。 「実はそのつもりで君の世話をしているメイドさんに着替えや化粧品とか家に揃えてもらってるんだ」  さすが根回しが得意な彼らしく抜かりない。  大きめの交差点を赤信号で停車し、彼は私を真っ直ぐみる。   「今日、俺の家に泊まっていかないか」  私も真っ直ぐ見つめ返す。 「はい、喜んで」 「覚悟はできてる?」  彼は一息ついて聞いてきた。 「とうの昔に済ませてあります」  なるべく平然と、毅然として。  彼に罪悪感を持たせてはいけない。東雲に人生を変えられた人だから。    信号が青になる。彼は視線を前に戻し発車した。 「これ以降はもう聞かない。途中で嫌になったらいつでも言って」 「はい、ありがとうございます」  私の方は嫌になんてらならない。むしろ彼は妹として扱ってきた私を抱けるのだろうか。  いや、彼は与えられた仕事は必ずやり遂げる。彼の責任感の強さを知っていて自分の恋心のために利用する。  私も所詮東雲の人間なのだ。  千代田区の高層マンションの駐車場に着いた。一昨年屋敷から出て一人でここに住んでいるらしい。おおまかな場所は知っていたが来るのは初めてだ。  セキュリティも厳しく駐車場からエントランス、エレベーターでカードキーをかざす。  20階に到着し、一番手前のドアの鍵を開ける。 「どうぞ」 「お邪魔します」  屋敷にある彼の自室も数回しか入ったことはない。しかもここは一人暮らしの部屋。  緊張しながら靴を脱ぐと靴箱の扉が姿見になっていることに気が付く。自分では見られなかったプレゼントのネックレスをやっと見ることができた。  首元のサファイアは輝き、鮮やかさ、色合いから察するに良い石が使われているが、カジュアルなデザインなので二十歳の自分が付けても違和感はない。  私の黒髪ストレートロングヘアと今日の葡萄色のワンピースに似合ってる気がして嬉しくなった。 「兄様、このネックレスとても気に入りました。ありがとうございます」  その場で彼にお礼を伝える。彼は微笑んで 「気に入ったなら良かった。さ、入って」  と言ってリビングへ案内された。    リビングは天井が高く、最小限の家具、アイランドキッチン、観葉植物などモデルルームにそのまま住んでいるような部屋だった。  何より足元まである大きな窓から遠くに東京タワーが見える夜景が素晴らしい。 「わあ、東京タワーが見えるのですね。素敵」  窓に駆け寄って彼の方に振り返る。 「ありがとう。このマンションは東雲建設に就職してから初めて携わった物件なんだ。一室借りて住ませてもらってる」  彼が目を伏せた。 「適当に寛いでよ。メイドさんに用意してもらった着替えとか洗面室に置いてあるから後で確認してね」 「はい」  初めての男性の部屋でどうふるまっていいか分からない。着替えの確認にいこう。    早速洗面室に行ってみるとピカピカな洗面台の横の大理石風カウンターにボストンバッグと寝間着、バスローブがあった。  バッグを確認するといつもの化粧品や洗面用品、数日分の着替えなどが用意してある。    「足りないものはない?」  後ろから声をかけられた。 「はい。十分すぎるほど揃えて頂いてます」  振り返って答えた。 「そう。この家のものは好きに使って。タオルとドライヤーはその棚ね」  急に彼の生活感に触れドキっとした。 「今日は遠出したし、ゆっくり疲れをとってね」  彼は笑顔を残してその場を去る。  先にお風呂に入れという事だろう。きっとお風呂から出た後は戻れない。    絶対結ばれないと思っていた想い人。戻るつもりなど毛頭無い。    洗面台の鏡に映る自分を見て最後の決意を固めた。
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