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3-2 翌朝
スマホのアラームの音で目を覚ました。
ここは……彼のマンションだ。サイドテーブルに置かれた私のスマホがいつもと同じ時間に鳴り響く。
あのまま寝ちゃったんだ。
時刻は午前7時5分前。メイドが起こしに来る前に起きるようにしている。
いつの間にか着心地のいい寝間着を着ている。彼に着せてもらったと思うと恥ずかしい。
昨日彼を受け入れた場所がヒリヒリと痛み、まだ何か入っているような感覚がある。何とか起き上がり、ひょこひょこ歩いてリビングに向かった。
「おはよう。昨日はよく眠ってたね」
いつもと変わらない優しい彼だ。
「おはようございます。寝ちゃってすみません」
つられて私もいつも通りに振る舞う。
「いや、俺が無理させたから。体大丈夫?」
「痛みますけど、なんとか動けてます」
「そう。そこ座れる?落ち着いたら朝食にしようか」
「はい」
私はゆっくり慎重にダイニングテーブルに座った。
朝食はブラックコーヒー、トースト、サラダ、目玉焼き、ベーコン、フルーツを出してくれた。
「朝食一緒に食べるの久しぶりだね」
「はい、いつもこんなにちゃんと作ってらっしゃるのですか」
男性の一人暮らしの朝食にしては品数が多いのではと思う。
「いや、普段はあまり。ギリギリまで寝てるよ」
「え、一緒に食べていた頃はきっちりされていたのに」
「それは君と一緒に過ごしたかったから」
さらっと甘い言葉を投げかけてきた。なんと答えていいか分からず黙ってしまう。あまり間に受けて舞い上ががると後々痛い目に遭いそうだ。
それにしても好きな人の部屋で一緒に朝を迎えて朝食を食べる、こんな時間は無縁だと思っていた。
今はこの幸せに浸っていたい。どうせ1年後には終わるのだから。
「いつも土日は習い事でしょ。父さんからもう習い事は自分の判断で辞めても続けても良いって事づけられたよ」
「え、お父様許して下さったのですか」
「うん。やりたいものだけ好きなペースで続ければいいってさ」
「やりたいものですか……茶道と華道はもう充分教わったかな。極めるほどの器ではありませんし。ピアノは楽しいしたまに披露するのでもう少し続けたいかも」
「あれ、今それだけ?英会話やバレエや弓道とかやってたよね」
「はい。大学入学のとき学業に専念したいから減らしてもらって、代わりに経営や東雲グループの事業内容のレクチャーを受けてます」
「そうなんだ」
私が大学に進学する頃に彼はここへ引っ越したので知らなかったらしい。
彼がコーヒーカップを置いた。
「それでさ、これから1年間週末ここで一緒に過ごさないか」
「え」
「基本土曜に迎えに行って日曜に屋敷に送り届けるのはどうかな。仕事の都合もあるし、君も用事がある時もあるだろ。その時は臨機応変に。父さんには彩音の意志を尊重する様に言われてる」
なんて素敵な提案だろう。今までいつ会えるか分からなかったのに。毎週一緒に過ごせるなんて夢みたいだ。
「はい、嬉しいです。よろしくお願いします」
つい笑顔で即答してしまう。
「うん。せっかくだから時間が合う時は色んな所に行ってもいいし」
「嬉しいけど、無理はしないで下さいね」
毎週末私に時間をとり、外出までするなんて。さすがにそこまで甘えて良いものか。それより体を気遣って欲しい。
「大丈夫だよ。彩音といると癒されるから」
彼はまた甘い台詞を言ってきた。その都度ヤキモキしていたら心臓がもたない。私もこれくらい受け流せる大人にならないと、と思いつつもドキドキしながら食事を続けた。
着替えや必要なものはメイドに頼んでここにも一式揃えて、洗濯は週末明けにハウスキーパーがやってくれるらしい。
その後もコーヒーを飲みながら思い出話や大学でのあれこれを話し、お昼前に彼の車で自宅に戻った。
私の二十歳の誕生日はこうして幕を閉じた。
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