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(そういえば香りのお父さんが経営している会社、最近業績が悪いって聞いた……)彼女の婚約の事情を察した私は口を閉じた。
「香織もとうとう結婚するかぁ。相手はどんな人?」
私はわざと明るく聞いた。
「相手は石神重工の御曹司。お互い経営者の子供だけど、うちはしがない町工場だもん。生まれの良さも地位も収入も私とは大違い。彼と結婚したら父の会社に資金援助してくれる約束になってる」
元気を失っている親友を前に(家のために結婚するってこと? 香織がかわいそう)と思いながら、(じゃあ彼、今はフリーなのね)などと考えてしまう。
「よくそんなすごい人と知り合えたね」
「父が必死にツテを頼ってお見合いを設定したんだ。彼、私のことを気に入ってくれて色々プレゼントをくれるの。これも彼が付き合って三ヶ月の記念にってくれた」
と、香織が横髪をかき上げる。あらわになった香織の耳には一粒石のピアスがついていた。小ぶりだけれど深く澄んだ青色が美しい。
「きれい……」
見惚れた私が思わずつぶやくと、
「サファイアだって」
と、香織はなんでもないように肩をすくめた。
「高価そう」
(やっぱり美人は得ね)内心羨ましくなりながら「香織、大事にされてるじゃん。きっといい人だよ」と、なぐさめる。
香織の元彼は五木修といって、デザイン事務所に勤めるデザイナー。彼は私たちと同級生で、香織と付き合いだしたのは高校一年の夏だった。私はそれより前、入学式で初めて五木くんに出会った時から彼に好意を抱いていた。香織に言ったことはないけれど……。
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