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side 那緒
秋です。
読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋。
色んな秋があるけれど、私はやっぱり食欲の秋。
「はい、ナオちゃん」
そう言って眼の前に置かれるお皿には美味しそうなアップルパイが乗っていて、その芳ばしい香りに頬が緩む。
「これ、悠さんが作ったんですか?」
「そうだよ。唯一作れるお菓子だね。」
優しく微笑みながらフォークを差し出され、お礼を言って受け取る。
「すごい…とっても美味しそう。」
こんがりと焼けたサクサクなパイ生地と、甘酸っぱい香りのするアップルフィリング…そしてアップルパイと一緒に出された紅茶には、さり気なくレモンが添えられている。
「レモンティーもありがとうございます。」
わざわざレモンを切ってくれたことが嬉しくてお礼を言えば、悠さんは柔らかく笑った。
「以前ナオちゃんと一緒に蒼牙のお店行ったとき、レモンティー注文してたから。当たりで良かった。」
「はい。よく覚えてましたね、そんなこと。」
ハロウィンパーティーでの一件を思い出し、フフッと笑いが溢れた。
あのときはまだ隼人くんとはお付き合いしてなくて、悠さんとの食事に少しドキドキしていたことは秘密だ。
「大切な事は覚えてるよ。」
「っ、」
悠さんのマグカップにはコーヒー。
スン…と薫りを楽しみ、カップに口をつけながらサラリと言われる。
この人って。
「あの、食べてもいいですか?」
何となく照れくさくなって誤魔化すように訊けば、「もちろん」と微笑まれた。
「頂きます。」
手を合わせて挨拶をし、アップルパイを一口頬張る。
サクサクとした食感と甘酸っぱい香りが口に広がり、その美味しさにすぐに二口目を食べてしまう。
少しシナモンを効かせてあるところも美味しい。
「これ、すごく美味しいです。」
「ほんとに?良かった。」
う…カッコいい。
嬉しそうなその表情は、ちょっと反則だと思う。
余裕があって、丁寧で、優しくて、その上料理もできて。
今まで色んな男性見てきたけど、悠さんは何ていうか大人だ。
こんな素敵な人が、どうして蒼牙を選んだのか少し不思議。
そのままアップルパイをモグモグと食べていると、悠さんが可笑しそうに笑った。
「ナオちゃんってほんとに蒼牙の妹だね。反応とか、笑い方とか…あと食べる姿まで似てる。」
「うーん…笑い方は隼人くんにも言われたことありますけど…食べてる姿、似てますか?」
初めて言われる言葉に首を傾げる。
「うん。挨拶の仕方や美味しそうに食べてるときの目の輝き方とか。可愛いよ、そういう素直なところ」
クスクスと笑いながら返され、顔に熱が集まった。
悠さん…絶対に天然人たらしだ。
さっきから、計算ではなくサラリと人が嬉しくなることを言ってのける。
蒼牙がよく悠さんのことを『無自覚だ』って言ってるけど、なるほど…これかって思う。
「もうすぐ蒼牙帰ってくると思うから。ごめんね、ナオちゃん来るって分かってたら蒼牙じゃなくて俺が買い物行ったんだけど。」
時計をチラッと確認し、悠さんが申し訳無さそうに言う。
その言葉に慌てて手を振る。
「とんでもないです!私こそ急に寄って…レンカさんから預かったもの渡すだけで良かったのに、お言葉に甘えて上がり込んじゃってすみません。けど…」
「けど?」
「ラッキーでした、こんなに美味しいアップルパイ食べられて。」
「気に入ってもらえて何よりです。」
正直に伝えれば、少し照れたような表情と穏やかな声が返ってくる。
悠さんの醸し出すその柔らかな空気に、やっぱり素敵な人だと感じた。
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