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カウンター席の後ろ姿
「なー……アンドウ、今日の夜、時間ない?」
「夜? 暇。どこいく?」
あの日から一か月。仕事の休憩中にきた飲みの誘いは友人からで、既に電話越しに聞こえる声からは悲壮感が洪水のように駄々洩れだ。おおかた失恋でもしたのだろう。
自分と同じゲイであるこの友人は、少々惚れっぽいところがある。すぐに誰かと付き合うが振られるのも早く、短いスパンで出会いと別れを繰り返している。恋人ができると連絡や会う回数が激減するからわかりやすい奴なのだ。性格は全然違うが、恋愛が続かないという意味では俺とも似ている。
「お疲れー」
仕事が長引き待ち合わせの時間より少し遅れて店に入ると、こちらに気がついた友人から声がかかる。しかしグラスを片手にもち、奥のボックス席から歩いてくる友人の足取りは既に覚束ない。
「うわ……。もう酔ってんじゃん。お前、自力で帰れよ」
「酔ってない、酔ってない。まだそんなに飲んでないってぇ」
そこからは酒を飲みながら、元カレの話を続ける友人に適当に相槌をうっていた。しかしあまりに退屈で眠気がやってきた。友人の話はまだまだ続きそうで、俺は眠気を覚ますために一度席を立つことにした。
トイレに行く途中にはカウンター席がある。
通りがかりに見えた、そのカウンター席に座っている見覚えのある後ろ姿に、俺は思わず足を止めた。
黒い服装をしている男が一人、その後ろ姿は相変わらず地味でしゃれっ気のないサトシだった。
隣の席にグラスや荷物は置いていない。誰かと来ているわけではなさそうだ。
今いるゲイバーに来るのは出会いを目的とした客ばかりじゃない。俺のように友人と来たり、サトシにのように一人で飲みに来くる客もいる。だから全然おかしい事はないが、他にもたくさん店があるのに、まさか、こんなすぐにまた会うとは思わなかった。
ついその背中から目を離せずにいたら、向こうも視線を感じたのか、こちらを振り返った。
しかしサトシは、俺の顔を見ても何もなかったかのように元の場所へ視線を戻す。
“一度きり、外であっても互いに干渉しない”
その約束を思い出して、俺も一度は話しかけるのをやめた。そのままトイレに入り用を足した後、出る前に立ち止まった。
約束を無視して話かけたらどんな反応をするだろう。
よくない事だとわかっていても、偶然また会えたのをきっかけに生まれた好奇心が止まらない。
トイレから出た俺はサトシの隣の席に座った。
「お兄さん何飲んでんの?」
「放っておいてください。一人で飲んでるんで」
サトシはこちらを見もせずにはっきりと言った。相変わらず無愛想だ。
「連れねぇなー。もしかして俺の事覚えてない?」
やっと俺を振り返ったサトシは、じっと怪訝な目でこちらをみたあと目を細めた。その仕草はまるで記憶を探っているようで、嫌な予感がした。
(もしかして、こいつ本当に覚えていないのか)
失敗した。条件に出すくらいだからと、サトシが人の顔をよく覚えている前提で話してしまった。覚えていないのなら初対面を装えば良かった。
「……一か月前、急にホテルに一人残されて寂しかったなー」
耳元でそっというと、サトシはくすぐったかったのか一瞬びくっと体を跳ねさせた後、迷惑そうに俺の顔を見た。そして僅かに目を見開いて「あ……」っと声を漏らした。
「別人ですよ」
サトシは気まずそうに前を向いて、ぶっきらぼうに答えた。
流石に今のは俺だと気がついた動作だろう。
知らないふりをするサトシとそのまま会話を続けようとしたが、店の奥から「あんど〜どこ〜?」と友人が俺の名前を呼んだ。さっきより大分酔いが進んでいるようで、その声は情けない。
一方のサトシは、もうこちらを見ようともしない。これ以上自分に話しかけるなという事だろう。
友人の事は放っておいてここで飲みたいところだが、あのへべれけを放置したら店に迷惑をかけてしまいそうだ。
「落ち着かせてくるから、待ってて」
サトシは相変わらずこっちをみないが、迷惑そうに眉を顰めたのは横からでも見えた。
渋々ボックス席に戻ると友人は椅子にもたれ掛かって眠りそうになっていた。
「おい、寝るな。そろそろ帰ろうぜ」
「あんど〜……俺寂しいから~抱かせて……」
「なんで俺が抱かれなきゃなんねぇの。冗談きついって」
これがあるから友人が酔っ払うとめんどくさい。もう、こうなったらやることは決まっていた。強制帰宅だ。俺は店員に会計とタクシーを頼んだ。
近くに待機していたのかタクシーはすぐにやってきた。文句を言う友人を宥めてふらつく体を背後からがっしりと抱えると、半ば引きずるように外へ連れだす。そして車内に体を押し込んで座らせた。運転手に住所を伝えると、友人を乗せたタクシーは去っていった。
ここまで約10分。すぐに店内へ戻ったが、予想していた通りカウンター席にはもう、サトシの姿はない。しかし今ならまだ近くを歩いているかもしれない。
外に出て辺りをうろついてみると、予想通り一人で歩くサトシの姿を見つけた。
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